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トロントの各界で活躍する著名人にインタビュー

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瀬戸山 久子
Hisako Setoyama
デザイナー
毛皮・革製品のデザイナーとして活躍を続ける瀬戸山久子さん。国内外で高い評価を受ける彼女の作品は、『自分探し』と、『へそ曲がり精神』が生み出したものだ、と語る。その原点とは何か?

彼女が手掛ける『Chako』ブランドは、99年に日本人初の『Toronto Fashion Week』への参加を果たすなど、業界内で注目され続けている。
「一人っ子で、昔からへそ曲がりだった(笑)」という少女時代、他人と同じ服を着るのが嫌で、デザインから縫製までを自らで手掛けた、手作りの服を着て学校に通っていた。

「でも、デザイナーになろうとは思わなかったですね。だからと言って、将来の目標も無かった。親が敷いたレールの上に乗っていただけで、学校を卒業したら実家に戻って、お見合いをして結婚させられる、と強迫観念のようなものがありましたね」。いわゆる『箱入り娘』だった彼女の人生を大きく左右したのが、コンパニオンとして参加した70年の大阪万博だった。

「カナダへの移民募集のパンフレットを見たんです。当時付き合っていた前夫が、これを見て留学を決めて…私も自分探しを考え始めた時だったから、『じゃ、結婚して一緒に行こう(笑)』って。決断は早かったですよ」。渋る両親を説得し、トロントへ。しかし、所持していたお金はすぐに底を付き、やりくりに四苦八苦する日々が続く。

「前夫は学生だったから、学費の事で精一杯。子供も産まれて、当時65ドルの家賃を払うのにも必死でしたね」。
掃除婦やウエイトレスなど、チャンスがあれば何でも喜んで飛びついた。ベビーシッターで預かった子供を連れ、折り紙を路上で販売した事もあった。しかし、実家からの援助だけは固辞し続けた。
「あの時の経験こそが、自分の原点だと思っています。お金が無ければ知恵を使い、どんな仕事でもこなせる度胸が身に付きました。自分の中にあった『甘え』を清算して初めて、目標が見えてきました。『世話になったカナダのために、役に立つ人間になろう』と」。瀬戸山さんはその後も、物産品の移動販売を立ち上げたり、日本人観光客のショッピングガイドをしていたが、そんな中、同業者の松本真一郎氏(現ジェームス・モト・エンタープライズ社長)との出会いが、再び彼女の人生を変えていく。

当初、業界内ではライバルと言うより『犬猿の仲』とまで囁かれた2人だったが、85年、「貴方達はコンビを組んだ方が成功する」と助言を受け、パートナーとして毛皮・革製品の会社を興す決心をする。

「(松本)社長は、人望が厚いんですよ。懐が深くて…まぁ、脇も甘いんですが(笑)。御輿(みこし)として最高の人物なんです。だからこそ私がナンバー2に徹してこの人を担いでいけば、必ず一緒に成功できると」。長年トロント経済を支えてきた毛皮産業も、バブル崩壊以降は低迷。ダウンタウンの一角を占めていた老舗も軒並み廃業した。しかし、2人の会社は逆風にも負けず成長を続けていく。瀬戸山さんも、和服との融合やシルク感覚の作品など、常識を打ち破るアイデアを次々と生み出し、デザイナーとして脚光を浴びるようになっていった。そこには、オリジナルの服にこだわった少女時代の『へそ曲がり』精神が役立っていた。

「当時の革製品は、ほとんどが黒か茶色。しかも個性が無いものばかり。見た目や質感にこだわったのも、人がやらなかったから私がやってみようと。そもそも革製品っていうのは、その材料となる動物の『最後の晴れ姿』なんです。だからこそオリジナルにこだわろうと…。お客様に楽しんで頂くデザインを提供できて、初めて商売とクオリティーが結びつくと思うんです」。今も街を歩き、ふと気になったデザインや色合いを写真に収めているという。

「でも、なるべくその後は忘れるようにしています(笑)。心に刷り込まれていなければ、本当に納得できるモノになるかどうか…何かのきっかけでふと思い出した時、『これだ!』って採り入れます。そうやって作り上げた製品は、お客様も必ず納得されますから」。

単なる思いつきではなく、心の中で熟成させる。自信があるからこそ、へそ曲がりでいられるのかもしれない。プライベートでも、松本氏のパートナーである瀬戸山さん。パーティー好きの彼のために、料理に腕を振るう事が大好きだと話す。そんな彼女の自信作のひとつに『ヒジキと赤飯のカレー』がある。

「誰もそんなレシピ、思いつかないでしょ(笑)? 残り物のヒジキを見て『どうなんだろう』って考えて。で、しばらく忘れる(笑)。実際に作ってみて鍋が空になった時は、『してやったり!』って気分でしたね」。『自分探し』のためにやって来たトロント。その目的は、しっかりと果たされたように見える。

「いやいや、もっと自分を鍛錬したいですね。『人生道場』です。次の世代を育てるにも、自分がしっかりしなくてはなりません。いつかやって来る、人生のゴールに向けて準備を怠らない。これが今の目標です」。

インタビュー/畑山 信行
瀬戸山 久子
【Hisako Setoyama】
デザイナー
1949年、三重県鈴鹿市生まれ。池坊短期大学、同研究科を卒業後、大阪万博でコンパニオンを務める。71年7月カナダに移住し、様々な職業を経たのち、85年に松本真一郎氏の誘いでジェームス・モト・エンタープライズ(JME)の経営に参画する。この頃より、デザイナーとしての素質を開花させ、同社の主力ブランド『Chako』の開発・販売に力を注ぐ。95年にはエグゼクティブ・マガジン誌において『海外で最も精力的に働く日本人女性』に選出される。99年からは『トロント・ファッションウィーク』への出品が評価され、現在のトロント・ファッション界におけるオピニオンリーダーの一人となった。近年のテーマは、『Leather that feels like silk』。シルクのような肌触りにこだわったレザー作品を次々と発表、大きな注目を集めている。
松本真一郎氏(現ジェームス・モト・エンタープライズ社長)

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