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トロントの各界で活躍する著名人にインタビュー

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Kou Shibusawa
シブサワ・コウ
株式会社コーエーゼネラル・プロデューサー
夢とロマン―。非日常へのトリップ。今や単なる娯楽を越えたゲームの世界で活躍を続ける鬼才が、トロントでその歴史と未来を語った。

「いつまでゲームやってるの? 早く夕ご飯を食べなさい!」 
子供の頃、よく母に怒られたものだ。ところが、そんな会話を横で黙って聞いていた父親が、ある日を境にパソコンの前に座ることが多くなった。父親が寝る間も惜しむように夢中になっていたもの、それは戦国シミュレーションゲームだった。領地を広げるために戦を繰り返すだけでなく、内政にも目を向けて民衆を統率するという入り組んだ展開が、ゲームは子供のものと思っていた大人達までをも飲み込んだのだ。

その仕掛け人は株式会社コーエー、ゼネラル・プロデューサーのシブサワ・コウ氏。今回は、ソニー・プレイステーション3と当時発売となる欧米向けソフト『フェイタル・イナーシャ』を開発中のコーエーカナダのオフィスで、同氏にお話を伺った。 『信長の野望』『三国志』『決戦』の各シリーズを世に送り出し、多くのゲームファンの心を鷲し掴みにしているシブサワ氏の快進撃は、80年、30歳の誕生日に奥様から贈られた一台のコンピュータから始まる。

「その時、コーエー(当時は光栄)は設立2年目。初めは工業薬品の染料を販売する会社だったんですが、あまりうまく行ってなかったので何か新しい仕事をしたいと、いろいろな挑戦をしていた時だったんです。
しばらくそのパソコンでゲームを作って遊んでいたんですが、そのゲーム『川中島の合戦』が良く出来たんですよね。面白いゲームになったので、試しに売ってみようということで『マイコン』っていう雑誌に半ページの広告を出しました。そうしたらすぐに大量の現金書留封筒がダンボールで届けられた。郵便局の人までもが驚くほどの反応があったんです」

そして氏は、自宅の応接間の机上に一台、コンピュータを置いただけの事務所でゲーム・カセットのダビング、梱包、発送作業に追われることとなる。
「本当に、家内制手工業ですよね(笑)。ゲームのプログラム作り、ダビング、梱包、発送、そして、ユーザーサポートも全部一人でやってたんです」
その当時、店頭に並んでいたゲーム類とは一線を画すストーリー性と会社を経営するような戦略構想。そこに、『大人』と呼ばれる世代がのめりこんでいった。ユーザーの多くは、当時のシブサワ氏と同世代だったという。

「これは、1つのビジネスとしてやっていけるかなと思いました。
そして、それまでやってきた仕事を辞めて、完全にゲーム制作に移行したんです。自分の趣味から始めたこともありますが、それよりも何よりも、お客様からの声をもらうのが楽しかった。仕事にやりがいを感じました。天職に出会った気がしたんです」

ところが、会社が成長するにしたがってシブサワ氏の仕事は、部下が出した企画書にゴーサインを出し、開発されたゲームにユーザー代表として最終的なコメントを与えるのみとなっていく。
「だんだんと自分がゲーム制作に関与する比率が少なくなってきた。楽しいゲームソフト作りから離れて、会長・襟川陽一として会社の経営に専念するようになったんです」

そう、ゲームファンの間で神格化されているプロデューサー、シブサワ・コウ氏とは、実は取締役最高顧問の襟川陽一氏のペンネームなのだ。
「もう、自分の人生は会社の経営をすることで終るのか(笑)と思うようになりました。そこに、ソニーからプレイステーション2が発売(00年)されたんです。自分が今までやりたかったことが実現できそうな高い機能を搭載したマシンでした。もう一回、一生懸命ゲーム開発ができると思いましたね。その時ちょうど50歳。節目でした。

会社には、次の時代の優秀な経営幹部も沢山いましたから、私自身は社長・会長職を辞任しました。私が居ない方が会社はうまく行くようですし(笑)」
そして『決戦』を発表する。

「決戦は1、2、3とシリーズで、そして信長の野望オンラインと作り、本当に充実してます。オンラインは毎月バージョンアップして新しい面白さを入れ込みます。そういう意味でオンラインゲームは一生の仕事になりますね」 では今、乗りに乗るシブサワ氏が、カナダを訪れた理由は何だろうか?

「10月からトロント・オフィスで開発部門をスタートしました。ゲームソフトには国民的な歴史の蓄積が現れますから、欧米向けの商品開発にあたっては日本人だけでなく、こちらの人(カナダ・アメリカ)と共同して作っていくべきですから。実際にこちらの学生はレベルが高い。日本がんばれ(笑)って感じですが…。その一つの大きな理由は、インターンとして実際の仕事場で鍛えられていることだと思います。日本の学生はまだ頭でっかちですね」

今後3年間で150人から200人を採用したいと語るシブサワ氏。これは現地カナダ人のみでなく、海外でプログラムを学ぶ学生にも心強い言葉だ。 そして、第二のシブサワ・コウはその中から生まれるかもしれない。



インタビュー/西尾 裕美
1950年生まれ。本名・襟川陽一(株式会社コーエー最高顧問)。2000年、経営の一線から退き、ゲーム・プロデューサー、シブサワ・コウとして制作の最前線へと返り咲く。今後、月に一度は来加して制作現場の陣頭指揮にあたる。

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