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「Groovin' Swingin' Jazzing 〜東カナダ2大都市のジャズ・フェスティバル〜」
ジャズと人で溢れかえる夏の数日間、街はいつもより少し遅くまで目を開けて、いつまでも冷めない人々の熱気を包み込む。

モントリオールとジャズ
ストリートのあちこちで跳ねる軽快なスウィングのリズムと、バーにしっとりと響くヴォーカルの大人びた旋律。ジャズと人で溢れかえる夏の数日間、街はいつもより少し遅くまで目を開けて、いつまでも冷めない人々の熱気を包み込む。

今から半世紀以上前、モントリオールはカナダのジャズのメッカとして栄えた。それは、その頃ケベック州で興った第2次産業革命、『北米のパリ』と呼ばれた土地柄、そして独立して間もないという、ある種不安定な政治的要因も関わっていた。

20世紀初頭にアメリカのニューオリンズで生み出されたと言われるジャズ。南北戦争が終結を迎え、それまで白人のものだった楽器類が安価で出回るようになり、さらに黒人と白人の混血、クリオールと呼ばれる人たちが西洋音楽の要素を黒人の間に持ち込んだ。ここに、黒人独特のリズムと西洋音楽の融合という形をもってジャズが誕生したのである。こうしてアメリカ北部で成長していったジャズは、主に歓楽街のナイトクラブなどで演奏された。しかし、1920年にアメリカで施行された禁酒法の影響で、夜の歓楽街が廃れていき、ジャズミュージシャン達は自分達の演奏の場を他に移さざるを得なくなった。そんな状況下で、禁酒法の無かったモントリオールにも多くのジャズミュージシャン達が流れ着いたのである。 当時、華やかな不夜城と化していたモントリオールの歓楽街の夜は、地下組織によってコントロールされていた。彼らが統制を取ることで、夜の街の平安と、必要悪の混在した舞台がジャズミュージシャンに提供されていたのだ。そんな中、後にジャズの巨匠となるオスカー・ピーターソンやポール・ブレイなどの優れたミュージシャン達も現れ、モントリオールはジャズの一大都市として発展していく。 しかし、1950年代を境にその勢いに陰りが見え始めた。その頃モントリオール市が進めた、街の清浄化政策のあおりを受けて、ナイトクラブが次々閉鎖されてしまい、ジャズミュージシャン達は演奏する場所を失ってしまうのである。そして、モントリオールからアメリカやヨーロッパに多くのミュージシャンが再び旅立つこととなった。
ジャズフェスティバルの誕生
一度は下火になったモントリオールでのジャズシーンではあったが、人々の中にはジャズは常に息づいていた。ジャズ自体も様々な時代の流れを乗り越えて、アンダーグラウンドだけで成立するもの、というイメージから幅広い層に受け入れられる音楽へと変化を遂げた。 そして四半世紀が過ぎた1980年、数多くの有名なジャズミュージシャンを輩出した土地として、モントリオールでのジャズに対する関心が高まる中、記念すべき第一回モントリオール・インターナショナル・ジャズフェスティバルが開催されたのである。初年度のこの年は、1万2千人の観衆を集め、その模様はテレビ、ラジオなどで放送され大成功を収めた。この成功を足がかりに2年、3年とその後も開催されるようになり、年を追う毎に規模を拡大していき、いつしか、世界中のメディアから『Best of Jazz Festival』の呼び名を獲得するまでに成長したのである。
第24回『モントリオール・インターナショナル・ ジャズフェスティバル』と、3つのアワード
今年で24年目を迎える『モントリオール・インターナショナル・ジャズフェスティバル』。世界指折りの規模を誇るこのジャズ祭は、今年も6月26日から11日間に渡って、モントリオールの夏の青空を揺らし、夕焼けを情熱的に染め、そして、観客を夏の夜長に何時終わるとも知れない音の旅へ誘う。 例年にも増す盛り上がりが期待される今年は、500以上のコンサートがラインナップされており、その内の約350が無料で楽しめるようになっている。参加アーティストも、ノラ・ジョーンズ、レイ・チャールズ、ベン・ハーパー、セザリア・エヴォラ、ロイ・ハーグローヴなど、ビックネームがズラリと名を連ねる。そして、この大物アーティスト達だけを見ても分かるように、そのジャンルは、ジャズの王道を行くものから、ブルース、ソウル、R&B等と幅広く、まさに誰もが楽しめる音楽イベントとなっているのである。 このフェスティバルでは開催委員会が選ぶ、その年に最も活躍したミュージシャンに送られる3つの賞が設けられており、毎年フェスティバルが始まる前に受賞者が発表される。それぞれの賞には、ジャズ界の巨匠達の名が付けられている。それは紆余曲折に富んだ音楽人生を送った、3人のジャズミュージシャンに対して敬意を払うものであり、ジャズ界でも数有数の名誉ある賞としてフェスティバルを盛り上げる。

■マイルス・デイヴィス賞
『ジャズの帝王』と讃えられたトランペット奏者、マイルス・デイヴィスの死から3年後の1994年に設けられたこの賞は、ジャズの世界に新しい息吹を与えた功績者に与えられる。

■エラ・フィッツジェラルド賞
2001年に設けられたこの賞は、聴く者全てを魅了した上品な歌声でジャズ史にその名を残す、エラ・フィッツジェラルドを讃えるもので、即興性の中にもオリジナリティーと高い質を持ち合わせたジャズシンガーに与えられる。

■オスカー・ピーターソン賞
1989年にフェスティバル10周年を記念して設けられたこの賞は、カナダのジャズシーンにおいて、最も貢献度の高かったカナディアン・ミュージシャンに贈られる。オスカー・ピーターソンはモントリオール出身のジャズ界の巨匠で、今なお活躍中の現役ジャズメンである。  このフェスティバルに設けられた3つの賞とその流れを見ても、この祭典がいかに成長してきたかがわかる。まずはカナディアンを対象としたオスカー賞が設立され、その後、世界中のミュージシャンから選ばれるマイルス賞が作られている。これはカナダから世界にその規模が広がった事を意味する。そして、数年前に設けられたシンガーを対象としたエラ賞が、フェスティバルのエンターテインメント性の向上を如実に表している。モントリオール・インターナショナル・ジャズフェスティバルは、まさに即興をモットーとするジャズを舞台化したような、止まるところを知らない高い目標に向かって走り続けているのである。 今年も熱くクールな演奏が真夏の下で繰り広げられる。青空の下で、夕暮れ時に、そして夜に。様々な楽しみ方のあるこのジャズフェスティバルは、今年も観客の耳と目と、そして心を刺激してやまないだろう。

資料提供
Festival International de Jazz de Montreal, Toronto Downtown Jazz
001 グラフィティ文化の発祥と歴史
002 アフロ・ブラジル文化の誕生
003 自動車メーカーのプライド
004 2003年 夏、ビール派宣言
005 東カナダ2大都市のジャズ・フェスティバル
006 A Day in The Wilds
007 GO!GO!ブルージェイズ
008 大空を描く飛行機家たちのロマン
 
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