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コラムバックナンバー 2003年特集記事

003「気前ええ奴、男前?」

photo7月3日、空が白染み始める早朝。少し酔いが冷めつつある状態で家路につく私は一人の男とすれ違った。間もなくしてその男は Excuse me!"と声を掛けてきた。落し物でもしたのかと思い、立ち止まって振り返ると、明らかに私よりも厚着であるにも関わらず、実に寒そうに細かく身を震わして男が近寄って来た。見るからに頼り無さ気で、目の前に居ても全く存在感を感じないその男は、自分の”ポシェット“を震えながら開けて、悲哀感たっぷりに、何故か実に不安定な英語でか細く話し出した。

「助けて下さい。私はモントリオールから来たバックパッカーなのですが、全てをホステルで盗まれてしまいました。帰ったら必ず返します。住所をここに書いて下さい。信じて下さい。帰りのバス代27ドルを貸して下さい」
私もここに来てすぐの2日間をホステルで過ごしたが、不安で仕方無かった。宿泊費は実に安いが8人部屋で知った顔は一切無く、誰がいつから居て、いつ居なくなるのかサッパリ分からないし、まるで湾岸戦争の戦場に突如送り込まれたかのように、誰が味方なのかも分からない。信用出来るものは何一つなく、いつ何を盗まれてもおかしくなかったが、幸い私は盗難に遭うことはなかった。しかし、この男は哀れ極まりない程、全てを盗まれたという。通常なら一蹴するのだが、ほろ酔いで機嫌が良かった上、自分ももしかしたら…と思うと、ポケットにしまわれた、バイト先で貰ったチップ数日分を出さずにはいられなかった。

「チップは人の好意や善意である」その、人から受けた恩恵をこういう形で人に返すことが出来るなんて、なんて素晴らしいことだろう。全ての言葉の語尾に『マザーテレサ』と付けるぐらいの勢いで。「別に返さんでもええよ、マザーテレサ。この紙に俺の住所を書きゃええんやね、マザーテレサ。一応念の為、君の住所をくれるかい、マザーテレサ」という感じで、持っていた40ドル全てを気前よく彼に手渡した。そして、彼は私が日本人であることを知ると「アリガトゴザぁイまス」と敢えて日本語で云った。その瞬間胡散臭さが漂ったが、自分のした眩いばかりの善行に浸っていた私は、余り気にすることなく帰宅した。家に帰り、シェアメイトに、そのことを得意気に話すと、「もしかして、そいつ…」と、その男の容姿について事細かに訊いてきた。どうやら同一人物らしい。彼の友達か何かなのかと思い訊いてみると、
「俺も同じ様に声を掛けられたんだ」
「そうかぁ。必死やったんやろうね。で、今日の何時頃?」
「2週間前」「……」
彼の名前はクリス。自称モントリオールから来たバックパッカー。彼の残した住所は字が汚過ぎて読めない。

最終更新日 : 2004/08/04 (Wed)
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