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コラムバックナンバー 2003年特集記事

014「インド人とジャガイモの熱い関係」

photo他人の顔は誰よりも良く覚えており、一度関わりを持った人間の顔は殆ど忘れることがない私は、他人の名前となると日本人ですら聞いた瞬間に忘れてしまうことがある。

前のシェアメイトの印度人など、初対面時に宜しくと握手を交わし互いに自己紹介をし、それから数ヶ月間幾度と無く顔を合わせているだけでなく、一度一緒に近所の公園でバスケットをしたぐらいの仲にも関わらず、私は終始彼の名前を知らなかった。と云うより覚えていなかった。

それに留まらず、彼が頻繁に部屋に連れて来て一緒に料理をする、私には到底手が届かないと感じてしまう女性に至っては、(たとえば私が好奇心旺盛な子供だったとして 乳幼児の手の届かない所に保管して下さい という注意書きのある薬を見付けたとしても、それには決して触れてはいけないと子供心に察し、一切の興味を抱こうとしないぐらい、彼女が私の趣味趣向と懸け離れていたということが影響してなのか)彼女の名前を聞いたことがあるのかすら忘れてしまった。

そんな折、外出先から帰宅し玄関の扉を開けた途端、女性のけたたましい悲鳴が私の耳に飛び込んで来た日があった。そしてそれは明らかに玄関から一番遠い彼の部屋から聞こえてきた。

何が原因なのかは知る由も無いが、兎に角彼が正気を失い、物凄い勢いで彼女に暴力を振るっているようで、頬を平手で叩く高音が聞こえたかと思うと、彼女がよろけて家具か何かにぶつかる物音がし、それと同時に何とも痛々しい女性の叫び声が聞こえてきた。

幾ら他人事で、彼女に全く興味が無いとは云え、一大事であることには間違いなかった。何故なら、「たまに殴打のような鈍い音」+「途轍もない物音」+「彼女が助けを求める悲鳴」、という音の連続が一切止む気配が無かったからである。

私は警察を呼ぼうか迷ったが、幸い部屋のドアが微かに開いており、簡単に押し入ることが出来る感じであった為、彼の部屋に飛び入り、その争いを頼りない英語で止めようと決心した。が、流石に恐怖を感じてかドアの前で立ち竦んでしまった。

そんな私の気配に全く気付く様子が無く、彼の虐待はエスカレートしていっているようで、彼女の悲鳴は大きくなる一方であった。勇気を振り絞り中へ押し入る覚悟を決めた瞬間、女性が鮮やかに「I love you ラヴィ!」と叫び、その悲鳴は喘ぎ声として頂点を極めつつあった。

情けなさと惨めさを同時に抱え、鳴り止まない肉体がぶつかり合う音と女性の盛る声を聞かされながら台所へ行くと、小さい鍋で2つの大きなジャガイモがぐつぐつと茹でられ、煮え繰り返っていた。

彼女の名前は一生知り得ない。
然し、彼の名前は一生忘れ無い。

最終更新日 : [01/19]
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