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コラムバックナンバー 2003年特集記事

016「生死は家主のさじ加減」

photo私の棲家の暖房システムは、縦に綺麗に列を成す高級洋菓子の形をした12個の鉄の塊が、ただ熱くなるという至極単純な構造で、電源も無ければ温度調節も出来ない。しかもその鉄を温める際、まるで伝説の刀鍛冶(ハットリさん)が鍛錬場で作業しているかのような、鉄を鍛える『カーンカーン』という音が幾度と無く部屋中にこだまする。そして、ハットリさんが何かに足を取られて滑り、転んだような、重い『ドスン』という音が起こる。余程床が滑り易いのか、何度も続け様にその重音は響く。そしてハットリさんが突然怒り出し、鉄の塊の横側にある付属品の丸い物体から突如『シューシュー』と激しい音を立てて蒸気が噴出る。結局ハットリさんは作業を途中で投げ捨て、鍛錬場を出ようとするのだが、誰かに外側から鍵を掛けられたようで出られず、必死でドアに体当たりを繰り返す、『ダーン! ダーン!』という音が何回か部屋中に響き渡る…。

こうしてようやく鉄の塊が熱を発するのである。こんな迷惑な彼の物語が1日に数回、時間を選ばず深夜や早朝に行われるだけあり、その暖かさは尋常では無く、手を触れると普通に火傷をしてしまう程であり、折角、部屋が蒸気機関で勢い付いて何処かへ走り出してしまいそうなぐらい喧しく蒸気を発し続けているのに、部屋は干し椎茸の如くカラッカラに乾燥していくため、「日本で一子相伝の拳法の使い手の如く全てを指先一つでコントロール出来た、あのリモコンさえあれば…」と嘆いてしまう。
私の部屋の温度調節は全て家主の中国人に委ねられているのである。

移動空間である車にも冷暖房の調整が完璧に出来る空調設備が当然とされているこの時代に、居住空間の快適さを居住者の私ではなく、管理者である中国人が握っているという事実は、単純に憤りにしかならない。それだけでなく、普通に凍死してしまいそうな殺人的な寒さを考えると、自分の命さえも家主に握られているような気がして正直、恐ろしい。ハットリさんはそんな私を気遣ってか、実に熱心に毎日数回、鍛錬場で作業に勤しんでくれており、日によっては騒音で眠れない時がある。それでも不思議なもので次第に慣れていき、今では鉄の塊に向かって「ハットリさん」と呼び掛ける程、愛着すら抱いてしまっている。

すると先日、突然ハットリさんが息を引き取ったのか、冷たくなったきり完全に熱を発しなくなった。然し、流石伝説の刀鍛冶なだけあり、死んでも魂だけは未だ死んでいないのか、作業の音は何ら変わらず聞こえてくる。「喧しい上に死ぬ程寒い」という最悪な状況となれば、家主の嫌がらせでしかない。それでも、「きっと彼がハットリさんを何とかしてくれる」と信じ、息が白くなる程寒い部屋で私はありったけの服を着込み、成るべく身体を動かさず、無駄な熱の放散を防いだ。そして1週間が過ぎ、遂に「殺す気かっ!」と家主に文句を言わねば死んでしまうという状況になった。すると、何故か家主の方から連絡があった。丁度良かったと電話に出ると、

「下の住人からお前の物音で眠れないと苦情が来た。晩は静かにせぇ!」
―ハットリさんに言うて下さい―

最終更新日 : [02/17]
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