私がここでの生活を始めて間も無く、一人の日本人の物語を、ある体臭のキツイ白人から聞かされた。彼は日本から夢を求めてカナダに足を踏み入れ、憧れの海外生活をスタートさせた。
ある日、外出先から帰宅すると、彼の部屋は掃除もしていないのに実に綺麗で、デビット・カッパーフィールドの仕業かと思える程、家を出る前には確かにあったものが一切無くなっており、彼はクローゼットから赤いヘルメットを被った野呂圭介さんが”どっきりカメラ“と大きく書かれたプラカードを持って出て来てくれることを心から願ったそうだが、残念ながらクローゼットの中も見事に空だったと云う。
家財道具どころかパスポートまで全て失い、あるものは身ひとつ。結局彼は希望すら失ってしまい、哀しく日本に帰国したそうだ。私はこの話を聞いたとき、同じ日本人として妙に息の詰まる思いがした。と思ったら、目の前の白人の体臭を避けようと息を止めていたからだった。
私も”節子カバン“(注1)を失った時、自分自身を見失いそうになる程落ち込んだ。然し、私にはそれ以上に大切な日本から連れて来た親友『大奈』(注2)が居た。「もし、こいつを失えば即帰国する」と断言出来る程仲が良く、彼との触れ合いは常に時間を忘れさせた。
世は21世紀と云うのに、テレビの無い寂しい生活を送っていた私にとって、彼が唯一外の世界との繋がりを保っているものであり、音楽や映画という私の趣味まで満たしてくれていた。彼が居てくれたお陰で随分心の助けになったのは事実である。
然し、ある日彼の体調が急に悪くなり、目の前に居るのに「ごめん。僕今日、塾があるから」と放課後直ぐに下校するようになった友達の如く、一緒に遊んでくれなくなった。仕方無く彼の実家(注3)に連絡すると、大奈を日本で治療させるしか方法が無いということになり、彼は一人で私よりも先に日本へ一時帰国することになった。
彼の親、東芝さんの配慮は完璧だった。先ず彼の帰国用の段ボール箱が幾枚かの重要書類と共に届き、大奈を説明書の指示通りに箱に閉じ込め、わざわざ家まで迎えに来てくれる旅行会社(注4)の人に彼を預けるという流れである。彼の帰国に対し金銭的な負担は一切無かった。
「必ず元気になって帰って来るんだぞ!」と、担架に横たわり手術室に向かう重病の友達を見送るような気持ちで、私は迎えに来た人に大奈を預けた。彼が居なくなっただけで妙に広く感じる部屋で、必死で寂しさを誤魔化していた。
彼のことが心配で仕方ない数週間を過ごしていると、東芝さんから国際電話が入り、大奈の主治医と話をすることになった。「我々としましても、大奈君の治療に全力を尽くしたいところだったのですが、あいにく我々の力では彼を治すことは出来ません」と、親友の病状が私の想像以上に酷かったのだと知らされた。
何とか他に方法は無いのかと凄んで訊くと… 「残念ながら… 箱を開けると、ACアダプタだけで、大奈君の姿が在りませんでした。」 俺の大奈、何処行ったんや!?
ダイナぁ〜!!
注1:第6話参照 注2:ダイナ=東芝ダイナブック 注3:株式会社 東芝 注4:運送会社
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