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89「一人で暮らすということ〜episode 2〜」

photo単に引越し作業を終えて自分以外の家族が帰って行っただけで、人生で初めての一人暮らしをスタートさせるという本来なら喜びに満ち溢れているべきアパートが、一人残された感が余りに強いが故に、孤独から来る寂しさしか感じない空間になってしまい、涙を堪えるのに精一杯な己の情けない姿に嘆き、自分が今までは単に強がっていただけで、本当は寂しがり屋なのだと気付き、そんな新たな自分を発見したことの喜びに浸ることも一切無く、素直に途方に暮れていた。
私の新しい棲家は、書類には”アパート“と記されてはいるものの、部屋数が実に少なく4部屋しか無い。ここまで聞くと、実に小さい建物をイメージしてしまうだろうが、実際は全ての部屋が2階建てになっており、建物自体は結構大きく、新しいのは住む人間の気持ちだけで、嫁に先立たれてからは一人淋しく農作業に励んでいるという年老いた家主に「これは戦争で焼け残った建物でねぇ、戦争時分はここで武器が造られていたんだよぉ、で、その焼け残った武器工場を何とか住めるように改装したら、こんな感じになったんだよぉ、まぁ武器と言っても竹槍だけどね…」と言われようものなら、即座に何の疑いも無く信じてしまう程物凄く古い木造で、見た目はアパートと云うより完全に”長屋“であった。基本的には”家族向け“という訳では無いのだが、全ての部屋はほぼ同じ間取りで2階部分に6畳と8畳の二部屋が有り、薄い壁を隔てた隣には小学生の男の子が2人いる4人家族が住んでいる程の広さで、全く同じスペースを一人で独占出来るという優越感に浸れた。
ほぼ病気とも言える『捨てられない症候群』が災いして実家の自分の部屋が物で溢れ返り”何とか寝転べる“状態になってしまっていた私には、一人暮らしをするとなれば幾ら物が増えても大丈夫なぐらいのゆとりある広さの部屋が必要だったのだが、此処には十分過ぎる程の収納スペースが幾つも在る為、引越しの際に実家から軽トラをパンパンにしてまで持って来た私の荷物は全て綺麗に収まり、ベッドを6畳の部屋に置いてしまえば、8畳の部屋は旅館の大広間ぐらいに感じる程で、だだっ広く何も無い単なる無意味な空間と化していた。
その部屋に何らかの意味を設けようと、部屋のど真ん中に大の字になって寝転がってみたり、楽しい気分になろうと普段あまりしないダンスを適当な歌を口ずさみながら軽妙にしてみたりすると、不思議な事に余計に寂しさが込み上げて来て、気付けば部屋の隅っこに三角座りをし、其処から見える広い部屋全体を目を細めて疎ましく眺め、か細い声で「広過ぎるわ!」と突っ込みを入れていた。一人暮らしをするという決断を下した自分を憎みそうになりながら、不動産屋で見付けた時は宝物を掘り当てたような心境にすらなった部屋に「完全に家族向けやんけ!」と囁き、ついでに「こんなもん寂し過ぎるわ!」と言ってしまいそうになり、これだけは言ってはならぬと飲み込もうとすると、私以外誰も居ない筈なのに、背後から誰かが階段を一段一段丁寧にゆっくりと上がってくる『ミシッ…ミシッ』という怪音が聞こえてきた。(つづく)

nob morley
吉本新喜劇の芸人。昔は落語家。コラム中にある『三角座り』とは、関西地方で体育座りのことを意味する。体育座りと寂しさには密接な関係があるらしい。

最終更新日 : [03/13]
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