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94「一人で暮らすということ〜episode 7〜」

photo親の世代とは違い、生まれてから私達の生活の中に当たり前のように在り、今やそれ無しの生活など考えられないとまでなっているテレビ。そんなテレビの無い生活を折角だから送ってみようと挑んだが、まさか3日でギブアップするとは自分でも思っていなかった。然し、これには淋しさとは別に大きな理由があった。
基本的人権の一つとして広く認められている『信教の自由』。[個人が自由に好むところの宗教を信仰し、宗教的行為(礼拝・布教など)を行う権利…]
私は一応仏教徒に分類される人間である。然し、それは家に自分の数珠があるというぐらいの軽い感じで、宗派にしても先祖のお墓から推測するに、”浄土真宗であろう“ぐらいのもので、他人に踏み込まれたくない神聖な領域でも何でも無く、単純に自分が死んだら棺桶に入れられて坊さんが拝みに来るんだろう程度にしか日常自分の宗教を意識していない。
そんな無宗教に限り無く近い私が中学生の時、どういう訳か新興宗教に根差した人が私の周囲に結構居て、その誰もが私に、それは当然のことなのか、自分が信仰するものを何かしらの形で伝えてきた。
小学校の友達のおばちゃんは私ともう一人の友達を物凄く辺鄙な所にある大聖堂のような場所に連れて行き、その中にある30畳ぐらいの大広間で白の作務衣を着たおっさんの話を、物凄く大事なお話やからよく聞いておくようにと2時間ぐらい聞かさせたし、当時の家庭教師は休憩時間になると必ず、妙な冊子を鞄から取り出し、自分の教祖の凄さをアピールしていたし、英語の個人塾の先生は授業が終わると私に目を瞑らせた上で手を合わさせ、私に掌をかざし何かの念仏を唱え、自分の掌から発せられる熱を私が感じるかを確認していた。中学生ながら、この3人がそれぞれ違う宗教に傾倒していることは何となく分かっても、それが何の宗教なのかはさっぱり分からなかったが、この世の中に数多の宗教が存在し、そのどれもが信者にとっては揺ぎ無い聖域であり、それは決して他人が汚してはならないのだと思い知り、その当時流行っていた、友人が変な事をした時の「何やそれ! 新しい宗教か?」というツッコミは、どんな状況であれ、ほぼ100%の確立で爆笑をさらっていたにも関わらず、妙な危険性を感じ、使用出来なくなってしまった。
それから数年後、大学生になった私に、また新たな宗教の波が、しかも今度はかなりの荒波が襲い掛かるように打ち寄せた。
引越し初夜に私を恐怖に追い遣った隣の家族が、ある宗教の敬虔な信者だったのだ。毎日、朝・昼・晩と欠かすことなく一日3回、念仏のようなものを家族全員で唱えており、それが階段を上がる音ですら筒抜けの何の意味も成さない薄い壁越しに丸聞こえ、私には全く有り難味無く単純に迷惑で、本来なら文句の一つも言ってやるところだが、信教の自由を侵害する訳にはいかない。然し、どれほど心地良く朝目覚めても一瞬にしてテンションは下がり、このままでは気が狂ってしまうという極限の状態まで追い込まれ、せめてもの気晴らしにと、”心境の自由“を掲げてテレビを購入。然し、念仏が勝りテレビにも全く笑えない。

nob morley
吉本新喜劇所属の芸人。今回のコラムの締切は5月8日、3日後の11日にイベントを控えたノブモーリーは、携帯から入稿。日本の携帯ってすごいね。

最終更新日 : [05/21]
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