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103 「二人で暮らすということ〜episode 6〜」

photo結婚を前提に4年間交際していた女性を何としてでも幸せにする為に、私が選んだ選択肢は『すんなり結婚』ではなく『その前に俺自身が幸せにならなアカンから、もぅちょっと待って!』であった。
『人の幸せ願う前に先ず我が幸せ』。人を幸せにするには先ず、自分自身がそれなりに幸せでなければならないと私は常に考える。募金が良い例である。お金に多少の余裕が無ければ募金など出来よう筈が無い。自分の財を投げ打ってまで募金をする人間など、もしかしたら居るのかも知れないが、自分の生活を脅かしてまですることではないような気がするし、募金箱を持って駅前などに立っている人達も「貴方の生活なんてどうでもいいの。それよりも恵まれない子ども達に愛の手を!」などとは一切思っていない筈である。
私は小学生の頃、課外授業の一環で募金活動をしたことがある。大人にとってそれは単なる子ども達が純粋な気持ちで訴える慈善活動なのかも知れない。然し、慈善の意味を全く知らない子どもであったその時の私にとっては『どれだけ人のお金を貰えるかゲーム』であった。とは云え、「このお金がカンボジアで苦しい思いをしている僕らと同じぐらいの子ども達を救うのだ」ということは一応分かっていたし、このゲームが善の行いに繋がっているのだという大義名分が多少歪んでいようがちゃんと心の何処かに在った。自分が声を上げ民衆に訴え掛けるだけで両手に持つ箱の中にどんどんお金が入っていくのが、金の有り難味など一切分からぬ年端もいかぬ童(わっぱ)には実に刺激的で楽しく、その内、当然のように競争心が芽生え、気付けば誰の箱が一番お金が多く入っているかを先生に内緒で競うようになった。負けず嫌いの私は何としてでも一番になりたくて、フルスロットルの勢いで自分の財布に入っているお金を全部自分の箱の中に投じた。結果、その甲斐あって…クラスで一番のハンサム野郎にあっさり負けを喫し2位だったのだが、それ以上に、己の財を投げ打ってしまったことにより帰りのバス代がすっかり無くなってしまい完全に”家に帰れない“という状態に陥ってしまった。
後にも先にもこの時だけ、私は”カンボジアの難民を救うことは自分を苦しめること“なのだと思い知り、先生の目を盗み、誰のか分からぬ箱から自分が投じたのと同じ金額-私の記憶が定かでないにしろ、恐らくそれより多い金額では無かったと思うし、何なら少なかったと今は自信無くとも云いたいぐらい-をこっそり抜き取り、ダッシュで走り逃げバスに乗り込んだ。”募金活動は俺を泥棒に仕立て上げた“という妙な憎しみが、子どもながらに思い知った世の中の矛盾と混ざり合ってバス内の吊り革のようにフラフラと心の中で揺れていた。
別にそれ以来全く募金をしなくなった訳ではないが、もしかしたら私が以前したように箱のお金をこいつが…という疑念が毎度見事に心をかすめる。それでも募金活動をしている人を見かけたらかなりの確率で応えるのは、生活に多少なりとも余裕があるからだ。だから私は、彼女を幸せにする為に先ず自分が少しでも幸せになろうと『落語家』の道を歩み始めることにした。

nob morley
吉本新喜劇所属のお笑い芸人。テレビに出てるのに(?)貧乏らしく、家にネットがない。このコラムは携帯から送信中。そんな彼に愛の手を!

最終更新日 : [10/23]
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