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112「私は不良ではありません。不幸です。」

photo 担任から親を呼び出される程の悪行であるカンニングという行為を、行うことは許すが見つかることは許さないと云う価値基準のズレを包含した父親の叱責。それは私の胸の中心を大きくぶち抜く、余りに意表を衝くもので、本来なら涙声での「ごめんなさい」を幾度と無く繰り返し、何色になれば一番理解してくれるのか分からぬが、取り敢えず反省の”色“を示し何とか許しを請うところなのだが、どういう言葉を返していいのか戸惑った。
ここで”ごめんなさい“と謝ることは、カンニングをしたことではなくカンニングを見つかったことに対しての謝罪になる。当然自分でも見つかりさえしなければこのような嘆かわしい状況には陥っていないのだと悔やんではいても、実際のところ私に与えられた課題はカンニングという愚劣な行為をした自分に猛省することである。となれば、尚の事、自分の過ちに親を巻き込んでしまったことも含めて謝罪をするべきであるし、そうしたい。然し、一番状況的にしっくりくる筈の「ごめんなさい」が心情的に物凄く言い難い。
今の私なら、父親の「カンニングなんか…してもええけど見付かんな!」という意見に、幾らそれが結構なボルテージの怒号でも「やんのはええんかぇっ!?」と突っ込まないで居る方が気持ち悪くて仕方無いが、その時の私の状況からしてそんな事言えよう筈も無く、「え? そういう問題なん?ほな、見付かってすみませんでした」と、軽い会釈程度の『謝罪』にもならない『謝』をなめた感じでやるという方法も無い訳では無かったが、それも出来よう筈も無く、ただ、母親に”子どもが悪さして親が学校に謝りに行く“権利を放棄された以上、父親に何としてでも学校に来て貰うしかなかったので、謝罪し難い感じを上手く掻き消しながら「すみません。明日学校に来て下さい」と、”使い勝手の良い日本語ランキング“のベスト1であろう『すみません』を活用し、「息子の退学処分を聞きに行ったらええねんな」と、皮肉なのか本気なのか全く分からない、恐らく言った本人もどっちのつもりだったのか皆目分かっていないトーンでの承諾を貰った。
翌日の放課後、沈痛な面持ちで職員室に行くと、どういう訳か他の職員は誰も居ず、居るのは窓際で仁王立ちし外の様子を伺っている担任一人だけで、彼の机の上には証拠物件とでも言うべき我が麗しき、いや、忌わしきカンニングペーパーが昨日と全く同じ状態で置かれており、その机の傍にどうやら私達親子が座ることになるであろうパイプ椅子が2脚用意されていた。担任は私が部屋に入ったことを背中で確認しただけで、振り向きもしなければ一言も発せず、ただただ厳しい表情で窓の外を眺めていた。そして、この後どういう展開になるのか全く予想がつかない上、勝手に座ることも出来ず、立っている位置すら掴めないでそわそわしていると、一台の車が校門をくぐり駐車場に停車したのを見た担任が「来られたわ」とやっと重い唇を開いた。と思いきや「御両親で来られたみたいやな」と付け加え、それを聞いて完全に狼狽し切った私の顔を妙な優しい表情で見つめた。
『何で? 何で2人? 椅子が足りひんやん』

nob morley
吉本新喜劇所属のお笑い芸人。カナダでは見られませんが、本当に吉本新喜劇に出演中。お問合せありがとう。
www.yoshimoto.co.jp/shinkigeki/

最終更新日 : [02/19]
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