tomori nagamoto

Tomori NagamotoのLife Lessons

Lesson 1

"Live, travel, adventure, bless, and don't be sorry."
生きろ、旅に出ろ、冒険し、祈り、そして謝るな
― Jack Kerouac―

僕は旅が好きじゃない、はっきり言って。

この一年のあいだ、ニューヨークと東京とトロントを行き来していたのだが、僕はできれば一箇所にじっと留まって生活をしていたいタイプの人間だ。第一に無駄が多すぎる。炊飯器を3つ、コーヒーメーカーを3つ、そして村上春樹の『1Q84』BOOK1をニューヨークに、BOOK2を東京に、BOOK3をトロントに置かなきゃいけない生活はとてもまともとは言えない。

中でも最も厄介なのは、国境を越えるたびに受けるイミグレーションの審査である。国境の番人たちに自分が何者かを証明するのはほんとに骨が折れる。「職業は?」と訊かれて「アーティストです」と答えると十中八九、別室へ連行されることになる。こんな時に学生ですとか、駐在員ですって答えられたらどんなに楽かと思う。

しかも、これまでの人生で「自分のことをアーティストと呼ぶ人って何だか怪しいですよね」という囁きが女子トイレから漏れ聞こえるのをさんざん聞いてきたし、小麦粉みたいな白いやつをパタパタさせている音と、ワキの下に何かをシュッっとひと吹きする音の狭間に「怪しいっていうか、気持ち悪いわ」と別の女性が言うのを悶絶しながら聞いてきた身とすれば、自分で自分のことをアーティストと呼ぶのはイミグレに連行される以上に、女性にモテないという事実をはらんだ自爆テロ並みに危険な行為なのである。

しかしこの社会で生きている以上、誰もが皆どこかにカテゴライズされるのは仕方ない。僕みたいな人間がアーティストと呼ばれるのも、働かない若者がニートと呼ばれるのも、ワーホリがひとくくりにワーホリと呼ばれるのも、医者がくしゃみにも病名を授けてしまうように、社会の便宜上仕方がないことなのだ。

けれども僕は思う。ケルアックが『On The Road(道ノ途中)』を書き上げたころ、彼はまだ作家でもなければ何者でもなかったはずだ。女の尻を追いかけながら気の赴くままに旅をして、画家がキャンバスに絵を描くように日常を言葉にしてノートに綴っていたように、僕もまたOn The Road(人生ノ途中)にいる。社会がどう分類しようとも自分はまだ何者でもないのだ。だから僕はいつもこの表題にある言葉をポケットに入れて国境を渡る。

Don't be sorry ―そのことに萎縮する必要はないのだ。

[ 2010/06/04 ]

永本冬森   ながもと ともり

現代美術家。ニューヨーク、東京、トロントを拠点に活動中。アーティストとして美術展を開催するだけでなく、詩人として詩画集などを発表(今夏発売)。また、ピアニスト百々徹 (どどとおる)氏のプロモーションビデオなども手掛ける。『Now』誌の「ベスト・アーティスト」賞、『EYE』誌の「ベストビジュアル・アーティスト」賞などを受賞し、トロントにもそのファンは多い。


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