tomori nagamoto

Tomori NagamotoのLife Lessons

Lesson 3

"I am a violent man who has learned not
to be violent and regrets his violence."

僕は乱暴な男だけど、そうならないように努力し、またそれを恥じる気持ちをもっている。

― John Lennon―

暴力には非常に広い定義がある。文字通り人を殴るような暴力はもちろん、国家による暴力(戦争とかね)もあれば、環境破壊で人間が地球に暴力を振るっているという考え方もある。その中で僕らに最も身近な暴力とは、意図していないうちに言葉で人を傷つけてしまうという「言葉の暴力」ではないか。これは避けがたい。
先日乗ったタクシーの運転手は、まるで森でコトコトとスープを煮ていそうな、一見すごく温厚な風貌をしていたのに、横から急に車が割り込んできた瞬間に豹変、「このアマ!女は家で子守りでもしてろ!」というような言葉を(もちろん英語ですが)窓を開けてシャウトした。それに応戦した相手の女性は、これまた若き日のグレース・ケリーのような美貌のお嬢様だったのだけど「ファ○ク!」と中指を立てたついでに「このハゲ!」と(これももちろん英語ですが)捨て台詞を残して走り去った。う〜ん、恐ろしい。
孔子は「罪を憎んで人を憎まず」と言ったが、この場合も憎むべきは車が割り込んだという行為であって、「アマ」とか「子守りをしてろ」とか、「ハゲ」だとか、その人物自体をののしる必要はまったくないのである。ただし例外もある。浮気をした夫が妻に「浮気をしたという行為を責められてもいいが、僕自身を憎まないでくれ」と言い訳しても、それは通用しない場合が多いので注意が必要だ。
ともかく、僕らが生きていく上で日常的に言葉の暴力を受けたり、また振るったりというのは避けられないこと。かのジョン・レノンも、ビートルズ時代は素行が悪くて有名で、物議を醸す発言や、ちょっとした言葉の文(あや)によって大問題を絶えず引き起こしていた。時には全キリスト教徒を敵に回したり、時のニクソン米政権プラスFBIなんていう恐ろしいスケールの魔物を相手に饒舌をふるっていたのだから、反撃を受けたときのダメージは想像を絶するものがあっただろう。
人は涙の数だけ強くなれる、と誰かが歌っていたが、ジョンの場合は言葉によって人を傷つけるなら、言葉によって人を癒すこともできるはずだ、言葉がパワーを持つのなら、逆にその影響力(メッセージ)を広く伝えるために利用しようじゃないか、というポジティヴな発想の転換によって、かの名曲『イマジン』を世に送り出したのだった。こんな見事な反撃をジョン以外に誰が成し得ただろうか。現在の"ジョン・レノン=ザ・平和主義者“というイメージの起点がここにある。
さて、僕らはどこまでジョンに近づけるだろう?

[ 2010/08/06 ]

永本冬森   ながもと ともり

現代美術家。ニューヨーク、東京、トロントを拠点に活動中。アーティストとして美術展を開催するだけでなく、詩人として詩画集などを発表(今夏発売)。また、ピアニスト百々徹 (どどとおる)氏のプロモーションビデオなども手掛ける。『Now』誌の「ベスト・アーティスト」賞、『EYE』誌の「ベストビジュアル・アーティスト」賞などを受賞し、トロントにもそのファンは多い。


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