tomori nagamoto

Tomori NagamotoのLife Lessons

Lesson 6

"Acting is like a Halloween mask
that you put on"

演技とは、ハロウィーンのマスクを
被るようなものだ

― River Phoenix ―

北海道は稚内という、日本最北端の地でこの原稿を書いている。右手には今にも純や蛍が短パンで駆け出しそうなだだっ広い丘や平野がひろがって、左手にはうっすらと樺太島がみえる。そんな場所にいると芝生に腰をおろして対角線に寝そべる牛(北海道ではベコと呼ぶ)でもスケッチしてみようかな、なんて気になってくる。
僕は普段、女性ばかり絵に描いたり、写真を撮ったりしているので、たまに「女性以外の絵は描けないんですか?」と嫌味を言われたりもするが、それは描けないんじゃなくて、描かない(もしくは描いても発表しない)だけなんだと説明してもなかなか納得してもらえない。僕が犬を描いたとしても、きっとメス犬でなければ納得してもらえないんだろうな、という気さえしてくる。そのくらい永本冬森=女性ばかり描く(もしくは尻を追い回してる)というイメージを一部の人は持っているらしい。
矛盾するようだけど、僕はそれを成功の第一歩だと思っている。せっせと女性を描き、撮り、発表してきたのにはそれなりの理由があり、むしろそういうイメージを持たれるように仕向けてきたと言ってもいいかもしれない。
画家として何でも描けるというのは単なる器用貧乏である。デパートと同じで何でも揃っているが質も値段もそこそこ。うまい鮨が食べたいと思ったら、回転寿司ではなくカウンターのある鮨屋へ行くように、人は何か特別なものを探していたらデパートではなく専門店へ行くものである。そう考えると、自分の不得意なものを補習していくよりは、得意なもの、好きなものを伸ばしていく方がいいのではないか。イチローには誰もホームラン王を期待しないように、僕らアーティストには「これを描かせたら右に出るものはいない」というものが一本あればいいのだ。
そう覚悟していても、定着したイメージに縛られるのは想像以上に苦しいし、そのことで古今東西さまざまな非劇が生み出されている。『スタンド・バイ・ミー』で脚光を浴びたリヴァー・フェニックスは完璧なヴィーガンであり、革製品は一切身につけないという動物愛護者でもあったことから、当時全米の奥様調査で「息子にしたい有名人NO・1」に選ばれるほどの人気だった。だからこそドラッグの過剰摂取により23歳で他界したというニュースは大変ショッキングだった。いうまでもなく彼のクリーンなイメージは世の中から一方的に押し付けられたものであり、決して自分が望んだものではなかった。
舞台に立つ人間には小さくても必ず役柄があるように、人は社会の中で必ず何かの役柄を演じなければいけない。好むと好まざるとにかかわらず。

[ 2010/11/05 ]

永本冬森   ながもと ともり

現代美術家。ニューヨーク、東京、トロントを拠点に活動中。アーティストとして美術展を開催するだけでなく、詩人として詩画集などを発表。また、ピアニスト百々徹 (どどとおる) 氏のプロモーションビデオなども手掛ける。『Now』誌の「ベスト・アーティスト」賞、『EYE』誌の「ベストビジュアル・アーティスト」賞などを受賞し、トロントにもそのファンは多い。

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