tomori nagamoto

Tomori NagamotoのLife Lessons

Lesson 7

"The answer is blowin' in the wind."

答えは風に吹かれている

― Bob Dylan ―

男はどれだけの道を往けば一人前の男と認められるのだろう/白い鳩はどれだけの海を渡れば砂の上で眠れるのだろう/人はどれだけの死人を見ればこれは死に過ぎだと気づくのだろう/友よ、答えは風に吹かれている――
このボブ・ディランを一躍時の人にした名曲『風に吹かれて』は、60年代当時の若者を大いに感化した。いくつもの抽象的な問いかけに対し、ディランはただ「答えは風に吹かれている」と繰り返す。そこには答えはひとつじゃないんだよ、大切なのは自分自身で考え、問い続けることなんだというメッセージが込められている。それが聴く者の想像を広げ、当時の若者のラディカルな思考回路を刺激したのだろう。かのジョン・レノンもボブ・ディランに傾倒した一人だし、日本では陽水や拓郎や清志郎あたりが筆頭となってディランにオマージュを捧げた。
トロントのように多種多様な民族が集まる大都市では、日本人としてはNGだけど、カナダのスタンダードとしてはOKというように、ある意味では許容、ある意味では妥協しながら生きていかなければいけない場面も出てくる。そうなると本当の答えって何なんだ? 答えはひとつじゃないのか?という問いすら、無意味に思えてくる。
アートも同じで、問いかけなのだ。僕らは何かの答えをもって作品をつくるのではなく、問いかけを作品にしているのだ。良い質問には答えが含まれているといわれるように、良い作品にはその答えを示唆する何かが含まれている。よって人々は魅了されるのだ。だから作家は何度も何度も深く深く問いかけを続けなければならない。それはまるで漆黒の闇に包まれた部屋で荷造りしているような感覚なのだが、僕はある時その深い渦にはまって抜け出せなくなり、文字通り無一文で街を飛び出したことがある。気付けば12月のニューヨークの路上に座り、来る日も来る日も絵を描きつづけていた。足元から見上げるようにして街を、人々を眺めていると、路上の石っころの気分になってくる。それまで抱えていたプレッシャーや、纏っていたプライドも波で洗われるように消えていった。
「我描く、ゆえに我あり」
そうして僕は社会に戻ってきたわけだけど、旅へ出る前と後とではハッキリと何かが変わっていることに気付いた。ディランの歌が違って聴こえた。答えは風に吹かれている―― 人は問いを止めた時に、あるいは同じ答えに固執することによって死ぬのだ。問うことこそが人を大きくし、意識を遠くまで連れていく。僕らの歴史は、答えの歴史ではなく、果てしない問いかけの上に築かれているのだ。

[ 2010/12/03 ]

永本冬森   ながもと ともり

現代美術家。ニューヨーク、東京、トロントを拠点に活動中。アーティストとして美術展を開催するだけでなく、詩人として詩画集などを発表。また、ピアニスト百々徹 (どどとおる) 氏のプロモーションビデオなども手掛ける。『Now』誌の「ベスト・アーティスト」賞、『EYE』誌の「ベストビジュアル・アーティスト」賞などを受賞し、トロントにもそのファンは多い。

前の投稿

次の投稿

▲PAGE TOP