気分は生活習慣病

118「希望転じて絶望と化す」

これはいつ頃から云われる様になったのか、またこれは未だに云われているのか、そしてこれは関西だけの風習なのか。

私が子供の頃、強い個性や変な特徴を持っていたり、大人から見て「おもろい」「おかしい」と思われた子供はほぼ100%の確率で「お前、よしもと行け!」と云われていた。別に周囲の大人達がお笑い帝國と呼ばれる吉本興業と密接な繋がりを持ったスカウトマンだった訳ではなく、単純にこれは”おもろい“とされる人間への賛辞であり、また同時に「おかしい」とされる人間への侮蔑であった。

関西にはもう一つ松竹芸能という吉本よりも歴史あるお笑い企業があり、私が子供の時はまだ藤山寛美さんがご健在で絶大なる人気を博していた松竹新喜劇を抱えていた。然し、不思議にも「お前、松竹行け!」と云われる事は皆無であった。

老年男性が体格の良い健康男子を見付けては「君、自衛隊入らへんか?」と誘ったように、親戚達はちょっと変わった動きをする私を見るなり母に「この子、吉本入れたらええねん!」と実に無責任に言った。私は、大人達のその言葉を聞く度、身体の表面に『面白さ』というベールが幾重にも被さっていき、それに連れ自分がどんどん面白い人間になっていくような気になり自信に満ち溢れ、尚一層奇怪な動きを研究し、もっと大人達に「よしもとに行け!」と言って貰えるよう努めた。

その時の私はそれが最高の褒め言葉だと思っていたし、私がそう言われれば言われる程、親も喜んでいると信じており、其処に裏の意味があるなど思いもしなかった。

だからこそ、高校の担任から家庭訪問時に卒業後の進路を訊かれた時、自分の希望進路である『芸人』という路を親の前で明確に提示すれば、「私達がここまで育てた意味を此の子は本当に良く分かってくれている」と感謝の気持ちさえ抱きながら大手を振って喜んでくれると信じていた。それ故、私はいささかの緊張により胸の鼓動が荒々しくなるのを感じながら渾身の力を込めて「僕、芸人になりたいので、大学には行きません!」と力強く答えた。すると、担任は「そんなもん生活出来る保障なんか一切無いぞ!」と幼少期から温めてきた私の想いを一蹴しようとしてきたので、喫煙のことならまだしも他人の夢を否定するとは愚の骨頂とばかりに「確実な生活の保障なんか何処にも無いでしょう?別に保障なんか要りません。飯が食えなくても、人を笑わしてお金を貰いたいんです!」と魂の叫びを担任に向けて投げ付けると、横に静かに座していた母は、自分が息子に望んだ『芸人』という苦難の多い路へ私が覚悟を決めて進もうとするのが余程嬉しかったのか急に声を出して泣き出した。そして、すっくと立ち上がり、瞳から零れる涙を一切拭うことなく「先生、ウチの子どうかしてるんです。本気でこんなことを言う子やないんです。今日のところは帰ってください!」と半狂乱で担任を家から追い出した。

この時、私がそれまで言われていた「よしもとに行け!」は『お前みたいなアホ、吉本ぐらいしか行く所無いで!』という裏の意味の侮辱の方で、私がそれを言われる度、母が苦しんでいたことを知った。

[ 2009/05/15 ]

nob morley
吉本新喜劇所属のお笑い芸人。締め切りに間に合わないのが悪い癖。
悪い癖はいち早く治すべきですが、治し方が良く分かりませぬという変な言い訳。

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