気分は生活習慣病

119「絶望からの有望なる無謀」

実家の応接間にはすすり泣く母と心の中では母以上に泣きたい私。他人である担任を家から追い出したのに、何故か誰かに追い出されたような気分の2人。お互い何も話さない。応接間いっぱいに膨れ上がった”静寂“という名の風船を、何かの言葉で割ろうとするが、何の言葉も出てこない。

『絶望』

その言葉が一番よく似合う状況だった。

具体的に言うと、私と母の絶望の内容には多少のズレがあり、母が私の希望進路を聞いて絶望感に苛まされたことが私にとっての絶望を生んだのである。

小さい頃、親戚に言われて嫌だった「あんた、お母さんそっくりやな!」という言葉。然し、それが顔とか所作とかではなく、単に"面白い人"という意味で言われていたことを知ってからは、親戚内で"面白い人"として通っている母親が私にとって誇りになり、母親に似ていると言われる事が実に光栄であり、それでいて親戚から「お前、よしもとに行け!」と言われる事が、身に余る幸せであった。そんな私が本気で芸人を志し、吉本入りを希望するということは、母親にとって息子を”誇り“に思える程喜ばしいことであり、それこそが一番の親孝行に繋がるものだと信じていた。然し、実情は全く違ったようで、単なる私の勘違いだったのか、英才教育とまではいかなくとも、他に恥じぬ程度の上層教育を施し家業を継ぐことを常に念頭に置き大学進学を切望する男子に育て上げた筈の息子が、大学受験の為に塾にまで通わせたのに、高卒で芸人を志望するとは、”誇り“どころか、きちんと毎日掃除をしているのに、何故か部屋の四隅に汚く溜まる"埃"にしか見えなかったようだ。涙に濡れる瞳をティッシュで拭おうとする一瞬、横目で私を疎ましく睨んだ。

『殺される』

氷以上に冷たく鋭い母の視線は私の全身に警笛を鳴り響かせた。「芸人になりたい」と言った息子を"どうかしてる"と気が触れた人間にしか思えず、長きに渡り温めてきた息子への夢や希望を断絶された母にとって「こんな息子要らん!」に考えが及ぶのは時間の問題で、本当に母が”どうかして“しまうのではないかと思えてならず、こうなった以上、「ごめん。停学喰らったり何やらで、俺どうかしてたわ。俺、やっぱり大学行くわ」と言うしか母への精神的救済処置として方法が無かった。声になっていたのか定かでないが、風船を静かに割るように私がそれを言うと、母の顔に安堵の表情が広がっていくのが分かった。

実は、高校入学当初、美大への進学を考えていた私は、母にとっての上層教育の一環として近くのアトリエへ絵画を習いに行かせて貰っていたのだ。そんな大学進学を希望するのに不足の無い状況を無駄にしようとした事が、尚更母を苦しめたのであろう。改心したように見せる私は周囲の人間に周回遅れ以上の遅れを取りながら、母を安心させる為だけに速達で心ならずとも或る芸術大学に願書を送付し、それから毎日何かに取り憑かれたかのようにひたすら絵を描き続けた。その時の私には分かっていなかった。それが如何ほど無謀なことか…。

[ 2009/06/05 ]

nob morley
芸人として、新型インフルに侵されるのも一つの話題と思い、敢えてマスクをせずに外出するも、健康なまま。ウィルスからも相手にされず…。

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