気分は生活習慣病

121「行ける学校はイケテナイ学校」

不本意ながら自分の夢を先延ばしにし、親の意向に従うように大学受験を試みて、美大への進学をそれなりに本気で望むようになり、描画力を向上させる為にアトリエに通い、デッサンや色彩構成を習い、日夜絵画に精を出し、その努力の甲斐あり、現役合格が何とか見えてきた。

そんな私を待っていたのが、筆記試験で足切りされ、実技を受験させて貰えなくなるという珍事というか単なる惨事。

まさに、やっとの思いで海外への航空券を手に入れ大きな夢を持って、エコノミー症候群になるギリギリの状態にまで追い込まれる長時間のフライトにも耐え、やっと辿り着いた国で入国を拒否され即日強制送還されたかのような…。

いや、こんな例えでは生ぬるい。

国からの命令で戦地に赴くことになり、それまで軟弱な何の兵力にもならぬ人間があらゆる軍事訓練に耐え、一人の兵として恥ずかしくない程の逞しさ溢れる立派な人間となり、”いざ戦場へ!“となった瞬間、終戦になったかのような…。

いや、こんな例えでは生ぬるい。

国からの命令で戦地に赴くことになり、それまで軟弱な何の兵力にもならぬ人間があらゆる軍事訓練に耐え、一人の兵として恥ずかしくない程の逞しさ溢れる立派な人間となり、”いざ戦場へ!“となった瞬間、終戦になったかのような…。

いや、これでは平和な感じが最後に残る。そうでなく…。

勝てばオリンピック出場が決定する、最終選考の大事な一戦。周囲は対戦相手を見て確実に勝てると豪語、それを真に受けて前日にお祭り騒ぎ。飲み過ぎて、当日は二日酔いで体調悪しく、嘔吐だけならまだしも下痢にも見舞われ便所から離れることが出来ず、それでも何とか踏ん張り、試合会場へと急いで向うその足が階段を駆け降りている最中、突然安定感を失ったかに思えた刹那、階段から”スベリ“落ち、気付けば病院のベッドに包帯に巻かれた脚部を天井から吊し上げられた状態で寝かされており、全治半年を医者から告げられると同時に、大事な戦いの舞台に立つことなくオリンピック出場の夢が潰えたかのような…。

すみません。例え話のストーリーが細かくなり過ぎ、何の話がしたいのか自分でもよく分からなくなってしまいました。

要するに、努力が全て無駄になったということが言いたかったのです。

やっとの思いで理想に限り無く近い平均的描画力を手にすることが出来たのに、それを発揮する場を失った私は、失意のどん底という程ではないにしろ、気持ちの上では明らかに落ち込んでいた。元々芸人志望の人間が付け焼刃的に大学受験を試みるなど、冷静に考えれば、テレビ番組の企画でも無い限り、単純に無謀な挑戦だったのだ。芸人になることを親に許して貰えず苦肉の策として選択した大学進学の道を閉ざされた私は完全に行き場を失っていた。

そんな私を見兼ねた母は、多少なりとも責任を感じたようで、息子の学力に見合った学校を探し始めた。色んな場所に出掛けては学校のパンフレットを貰って来て、母なりに様々な情報を仕入れ、息子が問題無く行けるであろう学校を、熟考の末、一校だけ選び出し、その学校の案内を「この学校ええで!」と、満を持して私に手渡した。

母の愛を感じた私は何とかその学校で結果を出そうと心に誓い、学校名を見た。

其処には『両国予備校』と書かれていた。

”いや、これ大学ちゃうがなっ!“

そして、私の浪人生活が始まった。

[ 2009/07/03 ]

nob morley
先日から新喜劇50周年記念ツアーとして、全国を回り始めています。この機会に私のコラムを読んだことがある人と各地でお会いしたいものです。

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