気分は生活習慣病

131「俺のアワー "笑っていいかも"」

『お祖父ちゃんは早稲田に行った凄い人』
幼少期に母親から聞かされた言葉は何時ぞや『早稲田に行けば凄い人になれる』に変換され、『偉人に成りたくば早稲田に行け!』という教訓めいた言葉が、柔道場に、書の心得を持った人物により太筆で豪快に『柔能く剛を制す』と書かれて仰々しく掲げられているように、常に我が胸にぶら下がるようになっていた。

事実、早稲田大学出身者に偉人は多い、国木田独歩、北原白秋、江戸川乱歩、デーモン小暮など、何の作品を世に残したかは具体的に分からなくとも、その名前を聞いて日本文学界や音楽界で偉人として扱われていることはよく分かる。

小学生の私は中学や高校への進学など全く興味が無く、早稲田大学に行くことしか考えていなかった。親もそれを知っていたのか、ただ息子が早稲田大学に対して異常な程興味を持ち色々子どもながらに質問するからか、テレビに早稲田出身者が出て来る度に「この人、早稲田やで!」と、今から考えれば"よぉそんなん知ってんなぁ〜"であるが、まるで同窓会名簿でも持っているかのように的確に教えてくれた。そして、それを私に教えた後、殆どの場合「まぁ云うても、中退やけどな…」と、"中退"の言葉の意味を私が知ろうが知ろまいが何ら構わず付け加えた。

事実、テレビに出ている著名人で早稲田大学出身者は多い。そして、意外にその中の多くが抹籍、若しくは中退している。

宇津井健、大橋巨泉、石田純一、ラサール石井、小室哲哉、サンプラザ中野、(敬称略)そして先日96歳で逝去した森繁久彌さんなど、全員挙げればその名前だけでコラムの半分以上を占めるぐらい、芸能人に早稲田大学中退者は実に多い。その中でも私に大いなる光を感じさせたのが、今やギネス記録をも持つ日本のお昼の顔『タモリさん』である。幼少期の私には成人映画監督の山本晋也との区別が付かなかったが、彼の本名が"森田一義"で、私の本名が"森田展義“と、漢字一文字違いであることを知ってからは、彼の事が気になって仕方無くなり、聡明で頭脳明晰であることもさることながら、サングラスを掛けているのに表情が妙にくっきり見えてくる不思議なセンスに魅了されてからは、私の完全なる憧憬の対象となった。それからと云うもの、お昼12時になった途端にテレビ画面に大きく出る"いいとも“の文字の横にぶら下がるように小さく書かれた"森田一義アワー"の文字が、何時ぞや"森田展義アワー"に変わることを夢見るようになった。

『芸人になりたい』という気持ちを押し殺しながらの受験勉強の筈だったが、タモリさんのことを詳しく調べて色々分かってからは、希望に胸膨らみ、自然と気持ちが高揚するぐらいに自分の未来の全てを手に入れたような気になっていた。早稲田大学と芸能界に接点など殆ど無いであろうに、『早稲田大学に行けば、芸能人になれる!』そう信じて、取り敢えず必死に勉強して早稲田に行き、東京に住んでチャンスを伺いながら大学を途中で退学し、何としてでも赤塚不二夫さんに出会うのだと、サングラスを手に心に誓いを立てていた。今から考えれば単なるアホな『二番煎じ』である。

[ 2009/12/04 ]

nob morley
吉本新喜劇所属のお笑い芸人。最近、専ら加齢臭が気になり、枕が随分臭くなってきたので枕にタオルを巻いて寝てるらしい。確か34歳。

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