気分は生活習慣病

138「悪い子も真似をしないで下さい」

リングに上がるなり自慢の軽快なステップで所狭しと動き回り、場内の観衆に見せ付けるように、軽く"シゅっシゅっ“と音を立てながらシャドーを披露した。周囲はそれだけで私の圧倒的な勝利を信じた。然し、第1ラウンドの試合開始のゴングが鳴った途端、予想外の相手のミラクルパンチを食らい、両足が自由に動かなくなり、持ち前のステップは完全に鳴りをひそめてしまった。それだけじゃない、止む気配の無い相手の猛烈なラッシュに私はすっかりグロッキーになった。試験会場に入るなり無毛の奇妙なスカルプでうろうろ徘徊し、教室内の受験生が気になり過ぎるように、大きく"Shit! Shit!“と声を上げながら英字新聞を読んだ。周囲はそれだけで私が排他的な秀才なのだと少しだけ信じた。然し、第一教科『英語』の試験開始のチャイムが鳴った途端、計算外の放送のリスニングテストを受けなくてはならず、右手は何も書けなくなり、自前のシャーペンは完全に芯を引っ込めてしまった。それだけじゃない、終わる気配の無い放送の難解なテストに私はがっつりアンラッキーを味わった。

こうなれば、第2ラウンド、何としてでも巻き返すしかない。そう思った私は、第2教科『国語』の試験開始までの少しの休憩時間、鞄から広辞苑を取り出し、机に置く際に"ドスン“と音が立つように荒っぽく置いた。思いの外、その音は教室内に響き渡り、全ての視線が一瞬にして私に向いたのが分かった。その後当然のように周囲はざわつく。耳に届くは「何やねん、アイツ。ムカつくわ!」等の憎悪に満ちた囁きのみ。然し、私が広辞苑を、さも物語を読むように感銘に満ちた表情で読み耽り出すと、「今度はアイツ広辞苑を読み出したぞ!」「おい、広辞苑て読み物か?」「三島由紀夫は幼少期に国語辞典を読んでたらしいぞ」「ということは、奴は三島由紀夫以上の国語力を持ってるってことか?」と言っていたかどうかは定かでないが、確実に私を見る周囲の目が試験開始前に戻った感じになった。
こうなれば、後はこっちのもの。想像を絶するようなパンチを繰り出し、相手のペースを掻き乱すだけ。試験中は常にブツブツ呟く作戦実行、そして、第三教科『数学』の前には『ソロ盤と電卓』を取り出した。私に唯一備わっているソロ盤の知識は「願いましてぇわぁ〜…」という掛け声ぐらいのもので、使い方などまるで知らない。自分で考えた策とは云え、余りにずさん過ぎる。然し、躊躇している暇は無い。私は一人で「願いましてぇわぁ〜…」と大きく声を上げ、目を閉じ「△△なぁり、□□なぁり…」と適当に言いながら、ソロ盤に一切触れず、計算する手付きだけを空中で行ない、ほど好き所で「…でわっ!」と目を見開き、次は電卓で適当に数字を打ち込み、暗算の答合わせをしている素振りを見せ付けた。

その後、『社会』の前には世界地図を大きく広げ、土地の名前を言っては、其処での思い出に浸る芝居をした。然し、これは、今一つ作戦のインパクトに欠ける。それが理由に周囲の反応は殆ど無く、無視に近い。
こうなれば、最後の教科『理科』の前に、あの最終兵器を使うしかない……。

[ 2010/03/19 ]

nob morley
ヒドイ頭痛に、去年、同期がくも膜下出血で倒れたこともあり、物凄く怖くなって人生初のMRIを受診。1万円以上払わされて出た診断結果が…肩こり。

前の投稿

次の投稿

▲PAGE TOP