気分は生活習慣病

146「『つつみさん』という呪い」

Nにとっての大人への扉は容易に開けることが出来なかった。
眼前に控えたる扉の鍵穴に鍵を差し込もうとするや否や、突如現れた実体の見えない名前だけの存在『つつみさん』に思い切り突き飛ばされ、最も無防備なスッポンポン姿で愛のステージなるベッドから、足を天に突き上げた状態で頭から転がり落ちたNは、旅先のホテルで、シーツで適当な箇所を隠し、大事な物を壊してしまった子供のように泣きじゃくるベッド上の年上女性を呆然と眺めていた。
それはまるで…生まれてからずっと長きに渡って牢獄に閉じ込められていた少年が、監守が居眠りをしている隙に牢屋の鍵をこっそり盗んだのだが、大きな金属の輪っかに何個も同じような鍵が付いていて、どれが開錠に繋がるものなのか分からない。とにかく1つずつ試していくしか方法がない。物音を立てないように1つ1つ試していく。然し、どれも合わないどころか鍵穴にすら入らない。そして遂に最後の1つになった。もぅこれしかない。これで開く。今まで見れなかった外の世界がやっと見れる。即ち少し"大人“になれる。鍵を持つ手に自然と力が入る。逸る気持ちを必死に抑え今一度手に持つ鍵と扉の鍵穴を確認し、深呼吸一発、心を落ち着かせてから、鍵を鍵穴に差し込もうとした、その瞬間、突如監守が目を覚まし少年の行為に気付いた。「貴様!」と叫び、怒り狂い出した監守の胸元には名札があり、其処には『つつみ』と書かれていた…ような、絶望的な光景だった。
彼女はただただ「つつみさんが忘れられへん!」と泣きながら、その場から逃げる為に唱える呪文のように繰り返し、Nに対しての申し訳なさなど一切感じさせず、何なら彼女の中の神聖なる"つつみ領域“に足を踏み入れたことへの当然下されるべき制裁とでも云うように、大粒の涙を流しながら呪うような目でベッド下で茫然自失の状態に陥っている素っ裸のNを睨んだ。
それにより、先程まで鋼鉄に近しい程の硬さを持っていたNの『鍵』は、外気に晒された状態でみるみる内に硬度を失い、粘土よりも手応えの無い、湯掻き過ぎたシメジのような貧弱なモノに姿を変えた。
その宿が京都の自宅からさほど離れていなければ、Nはすぐさま服を着て「馬鹿野郎!」と激怒一発、己に恥辱を味わせた女と忌々しい思いを抱かせた現場を遠慮なく逃げるように飛び出したであろう。然し、それは中学の修学旅行以来となる"広島“、結構な遠方であり、2泊3日の旅の初日。翌日は岡山に移動して倉敷等を観光する予定で、宿は既に予約済み。――今すぐ帰る訳にいかないのであれば、この場を何とか凌いで翌日に望みを託すしかない。
泣きじゃくる彼女をなだめ、取り敢えず頭に浮かんだ言葉の「ごめんな」を、無感情に発し、今日の出来事全てを"夢や“と忘れる為に、眠ることにした。翌日、何もなかったかのように明るく振る舞い。倉敷の町を楽しくデート。予約していた宿に行き、「今日こそは!」と意気込みベッドに二人横たわり、準備万端…
然し、いくら時間を掛けてもNの『鍵』が十分な硬さを帯びることは無かった。

nob morley
吉本新喜劇所属のお笑い芸人。ずっと悩まされている腰から足先までの痛みはどうやらヘルニアのようでして…もし本当にそうなら大変。8月22日に京橋花月で初めての単独イベントやるのに…。

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