気分は生活習慣病

154「校舎が廃墟に見えた或る春の出来事」

「好きな人と何をするのが楽しいですか?」と訊かれると答は意外にすっと出ない。それは好きな人となら何をしていても楽しいからである。何なら手を繋いでいるだけで十分楽しかったりする。不思議な話である。普段手を使うことにそれ程気持ちを集中したことが無く、幼少期何の気なしに親に繋がれていた手が、好きな人と初めて繋ごうとするだけで心拍数が高まり手の平に汗を掻き指先同士が触れただけで“パチっ"と静電気が走るような軽いインパルスを感じ、手の平が合わさった時、全面で伝わってくる相手の体温が電流のように全身を走り抜け、暗がりで見たら繋がれている手の部分だけ光って見えるのではないかと錯覚するぐらい熱く感じ、気が付けば幸福感に満ち溢れていて、その日はそれだけで最高に楽しく、家に帰っても温もりなど残っている筈もない繋がれていた手を、あたかも“まだ温もりが残っている"かのように、じっと眺めぼんやり笑みを浮かべていたりする。
然し、「好きな人と最終的に何をしたいですか?」に質問を変えれば、最早答は一つだけ──(女性と男性で意見が分かれるだけでなく、もしかしたら誰の賛同も得られない回答かも知れない、でも、私にとってはこれしかない)
何故だろう、その奥にもしかしたら絶大なる幻滅しかなかったりするのに、(女性の普段の想いは知らないが、恐らく世の男性は全員、いやもしかしたら私だけかも知れないが)好きな人の裸を見たくて仕方ない。そして、その裸をもって全身での握手(所謂、抱擁)を交わしたくなってしまう。相手の体温が身体の全面に伝わるその感触が(別に欲求不満という訳ではないが)堪らなく恋しい。とは云え、これは確実に経験者となった私からの意見である。 然し、あの時の私はまだその感触を知らず、神からの思し召しとも云える妙な夢により、余計に“ある人"との『まぐわい』しか頭になくなり、1秒毎にその欲求が強くなっていき、それに連れ病は進行の一途を辿り、他の事は常に上の空で何をしていても彼女の事を考えてしまうという状態に陥った。こうなった以上、もぅ何としてでも“あの人"を自分の傍に置くようにせぬ事には、己を制御出来なくなってしまう。
それからというもの、私は彼女への告白のタイミングを常に見計らうようになり、受講しなくても良い講義に潜り込んだり、人伝に聞いたバイト先に様子を伺いに行ったり、思い付く限りのことを取り敢えずやってみた。然し、元来ヘタレ・オブ・ザ・イヤーの、ここぞ!の勇気の出ぬ私、どうしても彼女に告白することが出来なかった。そんな折、体育の授業終わりにわざわざ向こうの方から私に近付いて来て「なぁ、今何時?」と、校舎の壁面に大きい時計があるのに、私に時間を訊いて来た。その瞬間『なぁんや!コイツ俺に気ぃあったんや』Waveが背面から大きく覆い被さり、私の全身をあっさり呑み込んだ。こうなれば、後はこっちのもんや!と調子付き「なんや時間なんか訊いて、彼氏と待ち合わせか?」と余裕の鎌かけQuestion。すると、「うん!」という絶望Answerと共にThe Girlは走り去って行った。校舎が全て廃墟に見えた。

[ 2010/11/19 ]

nob morley
吉本新喜劇所属のお笑い芸人。先日遂に炬燵を出しました。やっぱ日本の冬には炬燵とミカンだねぇ〜!とは言えミカン買う金ねぇ〜!

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