気分は生活習慣病

157「見透かす女と見透かされる男」

料理に集中していたら、出席しなければならない授業を飛ばしていた。普通なら気付いた時点で慌てて学校に戻るとこなのだが、いつの間にか優先順位が学校よりも“麻婆豆腐"になっており、フライパンの中でぐつぐつと煮え立ち香しい匂いを放ち、まるで挽肉達と手を繋ぎダンスを踊っているようにプルプルと揺れる豆腐を余裕の表情で見守っていて、今後その授業の出席日数の不足が原因で卒業が危ぶまれようが、どうでも良かった。後は水溶き片栗粉を入れてトロ味を出すだけという状況になったところで、学校へ“あの人"を迎えに行くことにした。
私の頭の中では“あの人"は友人の恋愛のお手伝いさんになってしまっていたが、何処かにまだ一縷の希望がしがみ付いており、麻婆豆腐の味如何によっては“あの人"の心がこっちに向くかも知れないと、往生際の悪い望みを捨て切れないでいた。
待ち合わせ場所の学校の裏門に着いた頃には授業は終わっており、クラブ活動をしていない学生達がそそくさと家路に向かう。何人かが平然と私の前を通り過ぎて行くのを見送ると、見ず知らずの旅行客に金銭をねだる貧困層の子供のように、誰かが私の背中をつついた。振り返ると、まるで一輪の花が一瞬にして咲いたかのように、“あの人"は其処に居た。約束通り友人も横に居たが、殆ど視界に入って来ない。今から、この友人の恋の話がメインになるであろうに、そうなれば明日から、この友人が私の彼女になるであろうに、その人に視線が行かず見られない。と云うより、“あの人"を沢山見ておきたかった。
必死な思いで夕食を用意したと思われると格好が悪いと、“あの人"達を家に上げてからササっと手際良く作った男の料理としてご賞味頂き、自分の出来る男ぶりをアピールしようと、授業に出ていないことを直隠しにしていたが、私のアパートの部屋に着き、扉を開けた瞬間、部屋の中に充満していた匂いが一気に外に流れ出した事により、簡単に「え、もしかして授業出んと作ってたん?」とバレてしまった。
それでも強がって「トロ味はまだ付けてないねん!…」と言ったところで、何の意味も無く、何なら麻婆豆腐に気持ちを注ぎ過ぎて、御飯を炊くのをすっかり忘れていた。自宅の炊飯器が、今やカナダの中華街ぐらいでしか売っていないのではないかと云う程の超旧式で“炊飯"と“保温"の二つのボタンしかなく、デジタル表示もタイマーも“早炊き"機能も何も無い。炊き上がるまで米を研いだり何やらで最低でも40分、麻婆豆腐作成に費やした時間と同じ時間が掛かる。私がどうしよう?と一瞬悩んだのを“あの人"は見逃さなかった。まるで心を見透かすように「御飯炊くの忘れたんやろぅ」と多少私を小馬鹿にするように言って来た。『ドキッ』とした。それは「私の事好きなんやろぅ」と言い当てられたに匹敵する程の『ドキッ』であり、どうしてそれが分かったのか不思議で仕方無く、素直に「何で分かったん?」と訊こうとすると、フライパンの蓋を開け、完成寸前の麻婆豆腐を覗き込み「豆腐の水気切ってないやろぅ」と言って来た。「何で分かったん?」と云うより「水気切る…何それ?」

[ 2011/01/07 ]

nob morley
この時使っていた炊飯器。実はまだ使っています。祖母から受け継いでもぅ15年。その祖母は一体何年使ったんやろう?昔の物ほど丈夫に出来ている。最近のものは弱い!物も者も。

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