気分は生活習慣病

162 急性の救世腫

聞き覚えの無い男性の声が受話器から耳に届いた時、ゾクッと背筋に冷たいものが走るのを感じた。向こうは私を知っているようで、私はその声が誰のものか分からない。一つ明確に分かる事は悪い展開が自分を待っているということ。その男性は、つい先程まで私が唇と唇を合わせていた女性の彼氏であることを取り乱した様子も無く、実に冷静に告げてきた。私は完全に狼狽した。然し、それを相手に悟られてはいけないと、必死に冷静を装った。

男の声のトーンが全く怒りに満ちている感じでは無かったので、どうやら私と"あの人"の関係はまだ彼にはバレていないようだ。となれば、悔しいが"あの人"が結婚を誓っている相手ということは、"あの人"にとっては大切な存在、私にとって大切な存在の"あの人"にとっての大切な存在ということは、私も大切にしなければならない存在なのだと、"あの人"の為に我々の情事的な行いは二人だけの秘密にしなくてはならないと心の奥底にしまい鍵を掛けるしかなかった。

この男はどうするつもりで私に電話してきたのだろう?と次の展開に多少怯えを感じていると、その男は言った。 「今、コイツの部屋に居るんですよ。こんな夜分遅くから申し訳ありませんが、今からこっちに来て貰えますか?」 ヤバイっ!殴られるぅ!――私は直感でそう判断した。男の妙な敬語が気になる。

然し、その男性の声の後ろの方から、悲しい女性の泣き声が微かに聞こえ、確かにそれは"あの人"のもので、その声はまるで助けを求めるように「もぅやめてっ!」と言った。それは、悪党に囚われたリンが「ケ〜ン!!」と叫び世紀末救世主に助けを求め、その声がどれ程遠く離れた所に居ても稲妻のように一子相伝の北斗神拳伝承者に届き、胸に七つの傷を持つ男はそれを感じ取るなり突如走り出す、という何度もテレビで見たシーンを想起させ、"あの人"は何ら伝承していない私に助けを求めているのだと、救世主の如く走り出しそうになったが、身体が全く動かなかった。 正直、行きたくなかった。

本当ならば、より優れた子孫を残す為に戦いに勝ったオスだけがメスと交尾を許される動物界のように、「俺の方が彼女に相応しい!」と、喧嘩を挑みたいところだった。然し、電話口の男が何者なのかは分かってもどんな奴なのかは全く分からない。なので、挑発的な発言は一切控えた。これは、決して弱腰になったとかではない、もし、いざ喧嘩をするとなって対面した時にマイク・タイソンのような人間だったらどうしよう…という思いが理性となって、勝手に握り拳を振りかざして暴れそうになっている身体を見事に押さえただけだ。

それでも、覚悟を決め、相手側が戦闘態勢に入った場合を想定して準備を整え、幽閉された姫を助けに行くかの如く、世紀末覇者と呼ばれた拳王から受け継いだ漆黒の巨大馬"黒王号"に跨るケンシロウのように赤紫の原動機付自転車"セピア"に跨り、"あの人"の部屋へと向かった。 私の足元は何かあったときにすぐにダッシュで逃げれるようにナイキのスニーカー。

[ 2011/03/18 ]

nob morley
先日、先輩芸人の結婚式に行って来ました。
カナダに居るときはまだ20代だった私も、今やすっかり30半ば。 時の経つのは早いものです。

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