気分は生活習慣病

167 間違い電話は恋の予感

その電話は突然鳴った。
今でこそ技術の進歩に伴なうナンバーディスプレイという機能により、誰からの電話かが受話器を取る前に分かるようになっているが、その当時、声が聞こえるまで通話相手を特定することは不可能だった。
然し、それが、その時だけは、違った。

外は台風が近付いているということもあり、いつ激しさを増してもおかしくないぐらいの雨(所謂、まだこの段階では窓から外に手をかざして傘が要るかを確認するぐらいの小雨)で、それはまるで失恋の痛手を負った私の心の涙のようであり、また、失恋してからもうかれこれ1週間も経とうとしているのに未だ気持ちの上で"熱"を持ち続ける"ある人"への想いを冷ます冷却水のようであった。軽く雨が窓に当たり、その雫が窓ガラスを舐めるようにゆっくり降りていく様は、瞳から零れ落ちる涙のようで、その光景が瞬時に、鳴り続ける電話の向こう側に、呼び出し音が途切れ私の声が聞こえるのを今か今かと泣きながら受話器を握り締め待っている女性の姿を感じさせ、その電話の主が"ある人"だと確信出来た。

受話器を取り、誰かに教わった訳でなくいつの間にか言うようになった電話を取ったときぐらいしか使わないあの言葉を丁寧に言った。「hello!」――これは、私が電話を取る前に"ある人"だと分かると必ずする合図だった。すると、電話口から鼻をすする音がして、その後に弱々しい女性の声で「山下さんのお宅ですか?」…間違い電話だった。女性は単なる鼻炎のようだ。

私の電話番号を見ず知らずの鼻炎女性と確認し、落胆混じりに受話器を置くと、間を殆ど置かずまた電話が鳴った。それは明らかに間違い電話によくあるセカンドミステイクで、こちらが「山下です!」と言ったら一体どうなるのだろうと、楽しい想像を膨らましてしまったことにより「はい、山下です!」と本当に言ってしまった。それは、この間違い電話を切っ掛けに鼻炎女性と新たな恋を始められないかと考える下心からであった。すると電話口の女性は虚を衝かれたような間を空け、泣きそうな声で「すみません、間違えました」と言ってそのまま電話を切った。その声はまさに、"ある人"であり"あの人"だった。

完全に虚を衝き返された格好になった私は、一瞬確実に挟み上げたのにアームの持続力の無さに頼り無く景品を落とすUFOキャッチャーのような気分に陥り、電話が切れた"ツーツー"という音に向かって「間違ってないよ!」と叫んでみたところで届く筈も無く、己の不遇さに嘆いていると、再度電話が鳴った。もしかしたら鼻炎女性かも知れぬと身構えながら受話器を取り上げ「もしもし」と言うと「私…」とだけの返事。"あの人"だ! 私は山下さん絡みの話をしたい衝動を抑え「どうしたん?」と優しく訊いた。すると"あの人"は「彼氏と別れた…」と少し嬉しそうに言った。それを聞き「今、何処?」と反射的に質問し、その答を聞いたか聞いてないかぐらいの段階で傘も持たずに家を飛び出した。トレンディドラマで恋が始まる時に流れる効果音のような主題歌を基にしたBGMが身体中に響き渡っていた。

[ 2011/06/03 ]

nob morley
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