気分は生活習慣病

168 走れ恋する者よ!

私が迎えに来るのを心待ちにしている人がいる。外は雨でも、私はその人の元へと一秒でも速く辿り着きたい一心で必死に走った。それまで幾度となくサッカーなどのクラブ活動で走った事はあったけれど、この時ばかりは今までで一番速く走っていると実感出来てしまうぐらい自分の横を空気が聞こえたことのない音を立てて通り過ぎて行き、そのまま何処まででも走って行ってしまうのではないかと思うぐらい身体が軽く感じられ、気が付くと家から200メートルばかりの所で腰を屈めて出したことのない息を「ゼェゼェ」と吐きながら完全にへばっている自分が居た。

予想以上に体力と身体能力が落ちていることを身を持って知らされ、かなりショックだったが、それ以上に喜ばしい現実が身を包み、尚素晴らしい未来が自分を待っているのだという希望に満ちた状況が少しずつ棒になり掛けた両脚を動かして行き、徐々に走らせていった。

自分の家から主要な駅まで歩いて30分は掛かる。その主要な駅の公衆電話から(当時、携帯電話がまだ普及していない、ポケベル全盛期の頃)運命の電話を掛けて来た人は、ゆっくりと私の家に向かって歩いて来るという。30分も待てない逸る気持ちが30分も歩かせる訳にいかないという想いと結びつき、それが想像以上の力になって我が身を軽くし、鹿が徘徊する国立公園を斜めに通り抜けさせた。公園を抜けると駅はすぐそこという感じで、時間的に眠り始めた駅前はすっかり人気は無く、逆に待ち人を見付け易い状況。然し、それらしき姿が全く目に飛び込んで来ない。もしや、公園を斜めに抜けた所為で、行き違いになったのでは…と、その人が歩いているであろう道を少し走ると、街灯が放つオレンジの光を遮る麗しい人影が…。

私はその姿を見付けるなり、初めてその人の名前を大きな声で呼んだ。
それを聞いたその人はまるでドラマのワンシーンかの如くゆっくりと振り向き、その瞬間、再びテレビドラマで恋が始まる時に流れる効果音が全身に響き渡り、街灯の光が眩し過ぎて顔がよく見えなかったけど、傘を投げ出して、傍に行って力いっぱい抱きしめKissしようと走り寄ると、全然知らん人だった。完全なる人違い…。

ただ、その人は急に背後で大きい声がしたから振り向いただけだった。
然し、その人の肩越しに傘を差しながらゆっくりと歩く"あの人"の後ろ姿が…。

私は、投げた傘を拾い、もう一度大きな声で名前を呼び、"あの人"の足が止まるのを確認し、人違いを謝ることなく、何なら「ややこしいねん!」と理不尽な叱責をせんばかりの表情でその人の横を走り過ぎ、頭に描いていた理想の画を現実のモノにするべく、ジブリアニメでよく見る『走る勢いをそのまま相手に預けぶつかるように抱き合う』シーンのように、私は物凄い勢いで"あの人"を抱き締めた。そして、彼氏と別れてくれたことに対しての「ありがとう!」の言葉を耳元で囁きKissをしようと顔を近付けると、見事にそれを両手で遮られ、思いもしない一言を返された。
「だから、アンタとも別れようと思って!」
――いや、俺何の為に走ったんや?

[ 2011/06/17 ]

nob morley
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