のんびりアート

029「雑誌の顔」

L・フィシャフさん、K・シンプソンさん、そして、J・ヤングさんは、僕が”マガジンのデザインがうまいなあ“と思っている人達だ。1980年90年代は超忙しのアートディレクターで、レギュラー刊行の雑誌のADをメインの仕事とし、広告、ポスターと、いろんな種類をこなしていた。そして僕も、彼らのADのもとにイラストを描くというラッキーな経験を、何回も持つ事が出来たのだった(ぐっど・おーるど・でい!!)。そのフィシャフさんが、去年、1年ぐらいだけという約束だったらしく、トロント・ライフのADをやり、そして、やめた。やめたとたんに、雑誌の様子がガラリと変った。見栄えが”いまいち“になってしまったのだった。

雑誌の出版社は、時々、表紙や中頁のデザイン変えをやる。パブリッシャーやエディター、そしてADが変った時とか、いろいろ訳はあるのだろうが、一番の理由は、イメージ・チェンジ、つまり衣替え。売れ行きが”ん?“になった時などにやるみたいだ。アメリカの雑誌、『エスクァイア』など、今は初版当時(1933年)のタイトル書体の変形体でカバーを統一しているが、70年代のある時期、書体をまったく変えて隔週号で発行した時があり、あの頃、大変だったんだろうなと思っている。

雑誌の歴史(?)で、もうひとつ興味深いものがある。『フォーチュン』、これもアメリカの経済雑誌で、長い時間を社会と共有している。1960年70年代の日本のグラフィックデザイナーが”良いデザイン見本“として机の上に置いていたものだ。ひょんな弾みでカナダに住んでしまった僕は、まもなく、『フォーチュン』の1930年40年代の発行本と古本屋で対面する事になった。それは実に立派な雑誌だった。サイズも大きく、特に、フォーチュンというタイトル文字を絵の中の一部として描いてあるカバーのイラストレーションがすばらしかった。後でわかった事だが、カナダのグラフィックデザイナーも、この年代の『フォーチュン』に一目置いているみたいだ。

僕の友人Gさんは、すばらしい人物画を描く。その彼がおもしろい事を言った。最近は描きたくなる様な顔、人物が、なかなか見あたらないらしい。それと同じ気持ちが僕の中にもあって、それは『フォーチュン』誌の中に出て来る、沢山のビジネスマンの顔にもあてはまる。30年代、40年代の頁の中に出ている彼らは、みんないい顔をしている。個性と人格が感じられる。比べて、ここ数年の発行の頁の中に出て来る彼らは、一様に品がない。「物」の量だけを目標に追いかけて来たからだろうか?

雑誌がだんだん情報誌化し顔を失いつつある現代。経済もコケた。でも、でも、まだ青空がある。自然を相手に、人間の、表情と個性を取りもどそう。ヨ。

[ 2009/05/15 ]

日塔 富夫
トロント在住のイラストレーター。1971年渡加。Esquire、The Financial Post Magazine、Saturday Night、Toronto Lifeなどの表紙、挿絵を手がけたほか、映画『The Fly』『M Butterfly』にも作品提供する。

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