のんびりアート

037「コマーシャル・アート」

新聞を見ていたら、ある学校の広告の中にインフォメーション・アートという言葉が見つかった。ハテナ、これは新しい流れが始まるのかなと思ってよく読んでみると、なーんだ、コミュニケーション・アート、コマーシャル・アートと同じ意味内容だった。少しの違いと言えば、デジタル技術に関係した項目が3〜4種目新しいだけで、グラフィック・デザイン、アドバタイジング、アニメーション、イラストレーションなどは変わりがなかった。

昔むかし、『CA』というデザイン雑誌があって(たぶん1960年頃の創刊)、それが1970年の中頃から、コミュニケーション・アートと、一見して何の雑誌かわかる表現になった。途中、何回か表紙のタイトル書体を変えたりしたけれど、現在も堂々と出版が続いている人気の雑誌である。

その、コミュニケーション・アート誌の常連みたいな、優れもののデザイン・スタジオがプッシュピン・スタジオだった。こちらも創立が1955年頃と古い。ミルトン・グレーサーとシーモア・クワスト、2人のイラストレーターの手で表現された広告美術、つまりコマーシャル・アートは一気に花開いた。今まで図案、カットなどと呼ばれて補助的な存在であった"絵“が、イラストレーションとして大きく前面に登場したのだ。ADからイラストレーション、そしてデザインまでもこなしてしまう彼らのアートは変幻自在、堅いものから軟らかいものまでの多種多様なクライアントへ鮮やかに答えを出した。それらは、"プッシュピン・スタイル“と呼ばれ、ニューヨークの小さなスタジオから世界に広がって行く。そして、それは1960年、70年代、80年代と続き衰えを知らなかった。70年代当時の若者で"プッシュピン・スタイル“に魅了され、コマーシャル・アートの仕事に入った人は多かったと思われる。なにしろ、デザイン学校が沢山できて、大人気だったのだから…。

プッシュピン・スタジオの広告アートがこれ程に好まれたのは、対象に対する豊かな想像力、ユーモアがあり明るく健康的、それでいて上品、などが挙げられる。でも一番大きかったのは、そのスタイルの多様さを可能にした、自信にあふれた自由さにあった様に思う。ポスター、本の表紙、雑誌、絵本、レコード・カバー、広告、パッケージ…などに印刷された彼らのイラストレーションは、タイトルや言葉とうまく共存し、時には言葉なしでも意味が伝わるぐらいに雄弁である。それは、アナログ時代の金字塔だった。

「僕のクラスに来ていた今の若者は、プッシュピン・スタジオのこと知らないヨ」、OCADで教えていた友人の言葉である。僕はドッキリ、淋しく感じながらも考えた。この分断。この断絶…。…思うに、経済成長と共に歩んだコマーシャル・アート、ある意味、ポイントに達したという事なのだろうか?

 

[ 2010/01/22 ]

日塔 富夫
トロント在住のイラストレーター。Esquire、The Financial Post 、Saturday Night、Toronto Lifeなどの表紙、挿絵を手がけたほか、映画『The Fly』『M Butterfly』にも作品提供する。サイトwww.tomionitto.com

前の投稿

次の投稿

▲PAGE TOP