小説家 阿刀田 高

礼儀正しい文学

短編小説とは多くを語らず、枝の
切り口から年輪を感じさせるもの

(2010年07月02日記事)

日本とカナダの文学交流を目的として開催された「日本カナダ作家対話フォーラム」。このイベントに参加するため、多忙なスケジュールを押して渡加された日本ペンクラブ会長の阿刀田高氏。待ち合わせの場所に時間ぴったりに来てくださった同氏は優しい雰囲気をたたえた老紳士だった。
「カナダは広々と、ゆったりしてますね。時間もゆっくり流れている感じですね」
にっこりとしてこう話す阿刀田氏は、日本の短編小説の旗手であり、ブラックユーモアを交えた奇妙な味の短編小説で多くのファンを持つ。
「今年9月に、国際ペンの大会が東京で開催されるんです。
国際ペンっていうのは、ロンドンを拠点にして70数か国、世界に100くらいのセンターと支部を持っている組織で、1921年にできたものです。私たちはその日本センターですね。日本ペンができたのが1935年。初代会長は島崎藤村で、その当時は、日本がどんどん世界から孤立していた時で、せめて文学の面だけでも国際性を持ちたいということで国際ペンに参加したんです。
国際ペンの大会っていうのは、毎年、世界のどこかで開いてて、東京での開催は26年ぶり、3回目です。ちょうど、国際ペンの会長にペンカナダのジョン・ラルストン・サウルさん(注1)が選ばれまして、彼にとって初めての国際ペンの大会ですし、世界のそれぞれのセンターとは平等にお付き合いするわけですが、まずは、カナダと日本で親交を深めましょう、ということで、今回、カナダにやってきました」
その他、『ペン(注2)』について詳しく説明してくださった阿刀田氏。その活動内容を聞いていると、自らの作家活動との両立は大変なのではないか、と感じさせる充実ぶりだ。
「(会長としての仕事と執筆活動の2つの両立は)大変といえば大変ですね。その通りなんですが、私も75歳ですからね。もう、どの道、そんなには生産できる年齢でもない。これまで40年やってきたわけですから、仕事のほうはいくらか緩くしなといけないですよ(笑)。短編小説というのは、非常に手数の多いアイディアを求める仕事ですから、必然的に、だんだん(アイディアは)衰えてきます。その辺との兼ね合いで、まだ現役バリバリでやっているつもりですが、ある部分をこういう仕事に費やしてもいいかな、と思っています。今回、一緒に参加してくださった浅田(次郎)さんも専務理事として忙しいと思いますよ」
浅田氏によると、ひざ詰めで説得されて専務理事の役を断れなかった、とのことですが…と言うと「まあ、そうでしょう」と笑う阿刀田氏。だが、日本人の活字離れが叫ばれて久しい中、会長として双肩にプレッシャーがかかってるのではないだろうか。
「もちろん、若い人に活字を忘れないで欲しいという思いは強く抱いていますが、それにはたくさんの理由があることですから、一概には言えませんね。
でも、ご承知のように日本人の識字率は高いです。多分、世界一でしょうね。それに、こういう時代になっても読書好き、文学的な国民が日本人です。非常に盛んであった時に比べると、確かに若い人たちを中心に活字離れ、読書離れが進んでいるということは否めない事実ですけれど、国民の相当数が依然、読書を愛し、活字と親しんでいるというのも事実だと思うんです。ですから、そんなに簡単になくなるとは思っていませんよ」
まだ、悲観的になるには早いと言う阿刀田氏に短編小説の魅力を伺った。
「短編(小説)は、短いだけに、ある種の技の冴えとか、アイディアの冴えがないと訴える力が乏しくなってしまいますね。長編(小説)はね、読み終えた時に、どっりしとしたものが迫ってくるような、力があるものですよね。
木に例えた時、1本の木を根っこから描いて幹へ、それから枝を描いて、葉っぱの茂っているところまで全部描くのが長編ですね。でも、短編っていうのは枝を1本、スパッと切って、その切り口だけを見せて、それで年輪を感じさせるもの、そういうことだと思いますね」

阿刀田氏の作品

右より:『ナポレオン狂』 (講談社文庫)
ナポレオンに関連する2人の男を引き合わせた結果とは? 必読の第81回直木賞受章作品。
『イソップを知っていますか』(新潮社)
「知っていますか」シリーズの最新作。知っているようで知らないイソップ寓話に込められた智恵と、その魅力を解読していく。

阿刀田氏はまた、本来の小説とは長編のことであり、それが王道であると言う。
「あまり長いのはどうかな、と思いますが、私たちが本として持っているもの、あのくらいの長さで書きあげるものが、基本的には小説だろう、と思っています。
けれども、長編と短編は車の両輪のようなものであって、申し上げたように短編だからこそ出来るいろいろなアイディアが出てくるんですよ。短い分だけ適当なところで幕を引くことができ、その限りにおいて、非常に豊富な想像力を駆使することができるのが特徴でしょうね
私は、短編は『大変礼儀正しい文学』であると思ってます。"長くはお邪魔いたしません“ということですね。短編小説はせいぜい2時間もお付き合いいただければいいわけです。そうなりますと、自分と意見が違うものでも、2時間くらいなら付き合ってもいいかな(笑)、ということになりますね」
それぞれの特徴はあるが、長編でも短編でも、本を読む、ということを愛して欲しい、日本語を愛して欲しいと阿刀田氏は語る。
「本っていうのは、いつでもどこでも、たった一人で楽しむことができる。人生には孤独な時っていうのが必ずあります。そんな時に、一番慰めてくれるのは読書ですね。読書をするのとしないのでは人生の味わい方が全く違ってくる。そんな素敵なものを見捨てないで欲しいと思いますね。
日本語っていうのはすごい言語でね、2300年ぐらい基本的にはそんなに変わらずにきている言語なんです。世界にそういう言語は沢山はありません。日本語っていうのは本当に豊富ですしね。例えば、日本語は色をクレヨンの種類だけでは表現しないんですよね。浅葱とか、蘇芳(すおう)、群青とかね、いろんな色を表現する言葉があります。それに、例えば、『雨』を表現する時もたくさんの言い方がありますね。言葉が豊富でなければ、考えがそんなに豊かになるはずがないですよね。野口雨情の歌に『雨は降る降る城ヶ島の磯に
利休鼠の雨が降る』という一説があるのですが、ただ、雨と歌わずに"利休鼠の雨“と言ったところにその歌を読んだ人の感性があるんですね。そんな風に言葉を豊富にすることは心を艶やかにすることだと思います。
言語っていうのは、どの民族にとっても大切なものです。日本と関わりを持っていらっしゃるならば、日本語に対しても愛着を持っていただきたいと思いますね」。

(注1)ジョン・ラルストン・サウル…ノンフィクションライター、夫人は前カナダ総督のエイドリアン・クラークソン。
(注2)ペンクラブ、P(ポエット・詩人、俳人、プレイライト・劇作家)、E(エッセイスト、エディター)、N(ノベリスト・作家)が集まった組織。

Biography

あとうだたかし

1935年東京生まれ。大学卒業後、文部省図書館職員養成所に入学。61年より国立国会図書館に司書として勤務する傍ら、小説を書き始める。78年、短編集『冷蔵庫より愛をこめて』が直木賞候補に。翌年、『来訪者』で第32回日本推理作家協会賞受賞。また同年、『ナポレオン狂』で第81回直木賞受賞。『新トロイア物語』(95年)で第29回吉川英治文学賞受賞。03年に紫綬褒章、09年には旭日中綬章を受勲している。

 
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