Yasuhiro Morinaga

サウンドデザイナー 森永 泰弘

見えないものを考える

日常に溢れる音の世界に耳を傾けて

(2010年12月03日記事)

サウンドデザイナーという職業を聞いたことがあるだろうか。サウンドをデザインする、つまり顧客のニーズに合わせて音を作り出す仕事だが、あまり聞き染みがない職種だろう。しかし、私たちの日常生活で音のない瞬間は非常に少ない。そして、サウンドデザイナーが作り出した作品が日常には溢れている。そんな音のアーティストで、世界的な注目を集める日本人サウンドデザイナーの森永泰弘さんに今回はお話を伺った。

テレビや映画、ゲームなどの音響効果に関わる仕事から産業音楽まで幅広い場面で活躍するサウンドデザイナー。森永さんはトロント国際映画祭のFuture Projections部門で作品を発表し、プレミア上映とセレブリティの登場ばかりに注目が集まりつつある映画祭に一石を投じた。『Future Projections』部門とは、映像作品を通した"Cinema Meets theVisual Arts"をテーマに、トロント市内のギャラリーや博物館・美術館で開催される特別展で、国際的に著名なアーティストが作品を出品している。森永さんも09年にカンヌ、ヴェネチア国際映画祭の招待作品の音響を務め、"現役大学生が国際映画祭に参加!“として話題となった新進気鋭のアーティストだ。

「今回の作品は、(カンヌ映画祭に出品した作品の監督を務めたクリス・チョン)チャン・フィ監督との3つ目のプロジェクトです。僕は、よくコラボレーションという形で映像作品を作ったり、映画監督さんたちと仕事をしているので、その関係で映画祭などに行くことはありますが、個人の作品はどちらかというと音楽フェスティバル向きのものが多いです。でも、僕の中では映像作品や映画の音楽というのは、まだあまり手が付けられていない領域だという思いがあるので興味のある分野ですね」

作品の題名は『HEAVENHELL』。巨匠、黒澤明監督の『天国と地獄(英題:High and Low)』へのオマージュ作品だ。「『天国と地獄』という作品は映画作品としてもユニークなんですが、その当時の横浜の黄金町辺りを描くというフォーカスも面白かったし、映画を撮る時に使うカメラの技術、つまり、丁度メディアの変革期でもあった時代に作られたんですよ。2010年は(黒澤監督の)生誕100周年という記念もありましたし、昨年のヨコハマ国際映像祭との共同企画として横浜の土着の作品を作りたいね、ということから始まったものです。そこで色々なリサーチをした結果、面白い時代背景が分かったんです」

そう言いながら森永さんは、「まあ、作品を観て下さい」と、会場の中に案内してくれた。

カーンカーン、カチャカチャという音とともに写し出されるモノクロの映像には、60年代風の洋服を着た人々がゾンビのように、また画面自体も小刻みに揺れている。そしてカメラは人々の顔をアップで映し出す…。ゾクッと来るような迫力だ。鋭い目線をスクリーン越しに感じていると急に、その緊張感が抜ける。「お疲れ様でした!」と言わんばかりにリラックスした表情となり、それぞれが思いおもいの方向に歩いていくのだ。その後、今度は背後のスクリーンにやや異なる映像が映った。こちらでもいかにもガラの悪そうな人々が映し出されるが、携帯電話でメールを送っていたりする現代風。やはり、緊張感溢れるアップが映されてしばらくすると笑顔となる。

「作品には2バージョンあって、1つがトラディショナル、もう1つがコンテンポラリーバージョンです。トラディショナルはオリジナルの黒澤作品を模して作りました。コンテンポラリーは同じ光景を現代風にアレンジしています。
それに、画面が揺れているのはカメラを手で持って撮ったからなんです。最初はオートマティックでブレないように撮ろうと思っていたんですが、手で映した方が良かった。人間って身体性があって、どうしても震えちゃうんですよ。

HEAVENHELL (2009) Chris Chong Chan Fui + Yasuhiro Morinaga

反面、映像っていう表現はどんどん技術が良くなっているので、(結果的に)人間味がなくなって来るんです。その中でどれだけ人間味を出すか、ということで、手で持って上手くブレるように、上手くフォーカスが外れるようにしたんです」

では、森永さんの専門のサウンドについてはどうか。

「作品から聞こえる音は、映画の『天国と地獄』から取ってきたものなんです。たとえば、カチャカチャ、って音が入っていますよね。あれは映画の中で仲代達矢さんが鳴らしている音なんです。先ほど(作品には)2つのバージョンがあるといいましたが、音も同様に、1つは60年代の技術を使い、もう1つは現代の技術を使っています。60年代の技術を使った方は、映画の中の音を引き伸ばしたり縮めたりして作っているんです。
結局、"作り直す“ってことは、沢山の人がやってますよね。映画ではリメイク作品とか良く聞きますし。でも、何故『リメイク』という言葉になるのか、と考えた時に、色んな問題が出てきたんです。リメイク、リクリエイト、引用、再引用…そんな様々なベクトルの中で、この黒澤作品をどう解釈するかに時間をかけました。僕はこの作品の中で音はもの凄く重要なファクターだと思っているんです。今は、映像作品の90%ぐらいに音が入っているじゃないですか?でも、映像という言葉を聞いた時にみんながイメージ(画・絵)しか考え付かない"もどかしさ“を変えていかないとマズイんじゃないかな、と思っています。目は閉じるられるけど耳は閉じられないですから、普段聞いている音にどうしても影響されているんですよね」

サウンドデザイナーという肩書きに、実際に何をするのか掴み難いと思っていたが、だんだんその輪郭が見えてきた。

「最初は確かに掴み難いですよね。新しい領域だし…。サウンドデザインは80年代に出来たんですが、80年代っていうのはコンピュータが出てきた時代です。これから色んな分野で音のデザインっていうのは普及していくと思いますし、実際、現在は日本でも需要が伸びています。企業がショールームなどで音の世界を作っていたりするんですよ。有名なところではブライアン・イーノという作曲家がサウンドデザインの仕事をしています。ウィンドウズの"ジャーン“という起動音を作ったのが彼ですね。そうやって、テクノロジーを使って何かをデザインすることが普通になってきています。
その中で僕は、サウンドを使って自分を表現しているんです。僕たちが映画とかアートとか、形のあるものを観て、面白いとか綺麗だと思う、そういう心が感じることは嘘がつけないものですし、重要な要素ですが、もう少し見えないものについて深く考えることができれば、きっと自分たちの社会とか文化とか、生活の中で役に立つ部分があると思うんです。僕はそういうことを考えながら作品を作っていきたいなと思っています」。

〈インタビュー/西尾 裕美〉

Biography

もりなが やすひろ

1980年東京生まれ。メルボルン大学でサウンドデザインを専攻後、05年に東京芸術大学大学院映像研究科に入学。その後、同博士後期課程(映像メディア学)へ。09年には音響監督を務めた作品『KARAOKE』(クリス・チョン・チャン・フィ監督)がカンヌ国際映画祭で公式上映、また、ヴェネチア国際映画祭短編部門のイベントでスペシャルライブコンサートを行なうなど在学中より国際的な注目を集める。
www.yasuhiromorinaga.com

 
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