Haruo Nakano

写真家 中野 晴生

伊勢神宮に見る 日本の原風景

離れたことで分かった静かな美しさ

(2011年06月03日記事)

深緑に包まれた玉砂利の道を、澄んだ空気を味わいながら進む。木漏れ日の温かさをほのかに感じながら、涼やかな川のせせらぎに耳を傾ける。そんな心の休まる空間があるのが伊勢神宮だ。
伊勢神宮のもとで生まれ育ち、レンズを通してその姿を伝える写真家の中野晴生さんの展覧会『伊勢の神宮』が、現在ジャパンファウンデーション・トロントで開かれている。

時代には『お伊勢さん』と呼ばれ、一生に一度はお参りしたい場所として民衆が全国から集まった。神宮に足を運んだことのある友人は私に、「敷地内に橋があってね、そこを渡ると、なんだか世界が変わるんだよね」と語ったことがある。
「あぁ、宇治橋だね」
展覧会に付随する講演会のために渡加した中野さんは、関西弁寄りの言葉使いが耳に心地よい、柔らかな語り口だ。

「そうかも分からんね。橋の手前は俗界だけど、橋を越えると聖域に入るっちゅうね。聖域なので雰囲気が変わるんやね。
伊勢をお参りするって言うのを決めた時に、(人は)あれもお願いしよう、これもお願いしようと思うけれども、橋を渡って玉砂利を踏むと、自然にそれがすべて消えていって、正殿(注1)の前では『ありがとうございました』で終わってしまうらしいね。『伊勢にお参りしよう』と思った時に神様はお願いを聞いてくださっていて、橋を渡ったら後はもう感謝の言葉だけでいいんじゃないかと自然に思うようになるからじゃないかな」

そう語る中野さんは、神宮の行事などを記録として残したいという思いからシャッターを切っているのだそう。
「神宮の規制は多くて、ここに入って撮りたいけど…(立ち入ることを許されない)ということはしょっちゅうありますね。また、秘儀といいますか、それこそ誰にも見せないようにするお祭りもある。
でも、神職の方がご奉仕する、そういうところの体の動きっていうのはすごくきれいですし、美しい風景っちゅうのは自然に出てくる。そういうところから、神宮の記録を撮っていけばいいんじゃないかな、と思うんです。
足繁く通い、失礼の無いようにするうちに、気心が知れてきたところはありますよ。それは人だけではなくて、かみさん(神様)も同じ。『ああ、また中野が来てるな。そうしたら、ちょっと今日はここに光を当ててやろうか。きれいな風景にしてやろうか』って… 神宮の風景が『さあ、撮りなさいよ』って言う時があるんですよね。それを撮って、『かみさん、こんなん撮れた!』と見せています。僕の中では、子どもが『お母さん、こんな絵が書けたよ!』と言って喜んで見せるいうような感じでしょうか? そうやって神宮が与えてくれた風景だから、自分の主張はある意味、無いと思いますね」

中野さんは伊勢神宮以外にも、出雲大社の写真も撮っているという。
「出雲大社の60年に1回の遷宮(注2)と伊勢神宮の20年の1回の遷宮がちょうど、再来年に重なるんです。だから今、もう1つのテーマとして出雲大社も撮っていますが、両方にちがう魅力がありますね。
伊勢にいる時はほぼ毎日、神宮へ行くんですけど、目が慣れてくるというか、少しの色の違い、光の違いを見つけ出す"何か"が鈍くなるということはありますね。今、出雲大社を撮らせてもらったり、カナダに来させてもらっている、そういうことをして帰ると、また新鮮に(神宮を)見ることが出来るんですよね。それはすごく嬉しいことですね」

中野さんが撮った神宮の写真は、和紙にプリントされる。ともすれば、厳かであるために近寄りがたいイメージが先行する神宮が、温かく感じるのが不思議だ。
「和紙はいいでしょ(笑)? 日本では、身の回りに和紙があるので、それに写真を印刷することで、(神宮が)身近になるんじゃないか、というのと、基本的にあったかい。なんか、包みこまれているという感覚があると思います。神宮の風景に合うんです。
光沢紙じゃないと再現できないという写真もありますが、基本的には、神宮の写真は和紙にプリントしてお見せしています。出雲(大社)のほうはまた違う出雲の和紙に焼いてお見せします。地元の和紙ちゅうことやね。
伊勢でも、遷宮をする時に木を持ってくるんですが、地元の木を立てると腐ることも無く、ちゃんと植わってた(生えていた)ように持っていってやると一番丈夫だといいますね。だから和紙も、伊勢で作った伊勢和紙を使うと、ほっこり くるんじゃないかな、と思いますね」

The Grand Shrine of Ise

日 時:開催中〜 6 月30 日(木)
場 所:ジャパンファウンデーション・トロント
                  (131 Bloor St. W., 2Fl.)
入場料:無料
連絡先:416-966-1600
サイト:www.jftor.org

 
 

そう語ると、「(伊勢は)地元ですから、ある程度の歳まではそれを撮るってことは思わなかったですけど、(日本に)帰ってきた時にそれが新鮮に見えたんですよね…」と呟いて話を続けた。
「僕は19歳でアフリカに出て、ヨーロッパなどあちこちに行きました。日本に戻ってきた時に嵐山に寄りたいなと思って京都のほうに足を伸ばしたら、桂っていうところで燃えるような緑が目に入ったんです。その緑を見たら、涙がぽろぽろ出てきた。ワンワン泣いてるから、周りの人は『えぇ?』と思ったやろうね。
でも、風景が自分の中にあった何かに共鳴したんやね。それを今、思い出しながら、日本の原風景を伊勢神宮に見ていて、一生懸命シャッターを切らせてもらっているんだと思います。
写真家になろうと思ったんは、人が好きで人を撮ろうと思ったから。花を見て、"きれい"っていう感じはあったけど、カメラを向けるか、といわれたらそうでもなかった。でも40歳を過ぎて、自然に花にカメラを向けている自分がいた。そうすると、風景の仕事が偶然にも来るんですよね。それで風景を一生懸命撮って、『そうだ、自分の体の中に何かあるんだ』ということで、それの延長で、『伊勢の風景を撮りたい』って。
なんかこう、流れの中にうまい具合にいかせてもらっているようです… ちょっとかっこよすぎるかな(笑)」

中野さんの作品は、その清冽な空気感と見守るような日差しが印象的だ。そして、その太陽の日差しを浴びてやや透けた神職の袂… 白という色はこんなにきれいなものだったのか… そんなことに気付く。日常生活で溢れているために見落としがちなものの美しさ、そして私たちの生活に息づく太陽の光の力強さと優しさを静かに訴えかける。

〈インタビュー/西尾 裕美〉

 

(注1)天照大御神〈あまてらすおおみかみ〉が鎮まっている神殿。4重になっており、一般の参拝客が入れるのは2番目の外玉垣の前まで

(注2)社殿などを一新し、ご神体を新宮へ遷すこと。遷宮は何年もの年月が掛かる一大行事なので既に修造に伴う遷宮の諸祭・行事は始まっているが、平成25年に修繕が整い、本殿遷座祭が行なわれる予定

Biography

なかの はるお
三重県伊勢市生まれ。
実家は伊勢の神宮に神饌を納める鮮魚商で、神苑の中で幼少期を過ごす。
18 歳で国内放浪の旅に出かけ、たどり着いた沖縄八重山諸島の上新城島でスチールカメラマンになることを決意。大阪写真専門学校(現ビジュアルアーツ大阪校)に入学。在籍中に雑誌社からの依頼で東アフリカへ取材旅行をする(学校は退学)。
その後、ヨーロッパ、中南米に足を伸ばし、足掛け5 年、海外を撮影して回 る。
写真集に「湖沼の伝説」(新潮社)。
www.harubow.com

 
▲PAGE TOP