Takako Yanagida

声楽家 柳田 孝子

心の琴線にそっと音楽が触れる

歌うことは人間の素晴らしい特権

(2011年06月17日記事)

数年前、グレン・グールド・スタジオで開かれた日系のソプラノ歌手のリサイタル。彼女は素晴らしいアリアを数曲披露した後、アンコールで日本のある歌謡曲を歌い上げた。すると客席には涙する観衆が…。その光景を忘れられずにいたところ、あるチャリティコンサートにそのソプラノ歌手の名前を見つけた。その人はロードリー柳田孝子さん。
トロントの日系女声合唱団コールトリリアムの指導・指揮も務める声楽家だ。スラリとした長身で、優しい笑顔を湛えた柳田孝子さんに今回はお話を伺った。

 

ーよく通るお声ですね。さすがはオペラ歌手!

「(笑)息を吐く量が多いからじゃないでしょうか? ポップスのシンガーではないから、(舞台上では)マイクを使わないんですね。だから、コントロールして声を出さないといけません。息が足りなくならないように、少しずつ、少しずつ出して、息を深く吸うようにしてます。
また、普通の方は浅い胸式呼吸ですが、私は複式呼吸をしているので、それが違うのかもしれませんね。特に日本人はのど声って言われます。日本語は、機関銃みたいにタタタ… と話しますから」

ーマイクを付けていなくても、会場中に声が届くコツは何ですか?

「声を前に出すんじゃなくて頭にぶつけます。頭声といって、頭に響かせるように声を出すと響いていくんです。そうすると会場の空気にその声が廻っていく、その勢いで会場の奥まで聞こえるということなんですよ。舞台で歌う時は力まずそのまま息をふっと出します。その息をどこまで伸ばしていくか、声楽家は『息の道』って言うんですが、息をどうやってコントロールしながら動かそうか、ということを考えます。そのためにはまず、自分の身体をどうコントロールするか、それが面白いところですね」

ー音楽学校で声楽を学ばれたんですよね

「そうです。でも、私は大学に入る時に声楽科を落ちまして(笑)、音楽教育科っていうところに受かったので、音楽教育を2年間、勉強していました。ところが、マリア・カラスの日本公演を音大の寮のテレビで偶然観たんです。その時、彼女の迫力に感動して、やっぱり声楽をやりたいと学内で転科をしました」

ーそのコンサートを見てなかったら音楽の先生になっていたかも知れませんね

「そうですね。でも、次世代を担う子どもたちに音楽を教えることには興味を持っています。私が習ってきたことを伝えたい、という意識で、日本語学校で日本の歌を教えています。
唱歌(文部省唱歌)を中心に教えているんですが、例えば、『故郷』という歌に『うさぎおいし かの山』という歌詞があるんですが、それを子どもたちに歌うでしょ? そうすると『うさぎが美味しいの?』って(笑)。『追いかけたのよ』って教えるんですが、歌詞を聞いただけでは『追いし』が『美味し』に聞こえるんでしょうね。そういう分からない言葉を教えながらやっています。こういう日本の曲は、やっぱり原点だと思うんです。それに、西洋の文化を日本へ紹介するために当時の日本の作曲家は海を渡ったんですね。それを日本へ持ち帰って作ったのがこれらの曲ですが、日本語の詩に西洋のメロディを付けるって大変なことだったと思いますよ。苦労してメロディを付けただけあって、その完成度は素晴らしいものです。
2年位前に、そんな唱歌を中心にした『Sakura』というCDを作りました。『荒城の月』とか『赤とんぼ』、『浜辺の歌』などの曲は、これからどんどん歌われなくなってくる時代だと思うんですよ。だから残しておきたい、と思って…。
今、ビートアップの曲が多いじゃないですか? でも、人間のリズムというのは心臓のリズムから来ていると思うんですね。唱歌などは心臓のリズムにより近くて、落ち着くと思いますよ」

「S a k u r a 」

07 年に制作された日本歌曲CD「Sakura」。
日本歌曲14 曲と「九十九島 三つの歌」が収録されている。リサイタル、iTunes、YouTube などで紹介されている。

 
 

ー音楽を広めることの一環として日系女声合唱団『コールトリリアム』の活動もなさっているのですか?

「合唱には自分で歌うこと以外の醍醐味があるからです。合唱は私が出来ないことをやってくれるんですよね。『ハモリ』です。辛い時とか、彼女らのハーモニーからエネルギーを沢山もらうことが出来るんです。これ(ハモリ)は脳のトレーニングですよ、って皆さんに言っていますが、音を楽しむこと、その音を3声で聞けるということは素敵ですね。私が指導して、彼女たちからエネルギーを頂いて… お互いにいい影響を与えあうことが出来ていると思っています」

ー定期的にコンサートもしていらっしゃいますね

「この間は" Joy of Spring "という春のコンサートをしました。これは、3月の日本の震災を受けてチャリティにしました。スポンサーの方もピアニストの方も、快く協力していただけたため実現する事が出来ました。
実はこのコンサート、いつもと全く空気が違ったんですよ。普通だとお客様はお金を払ってきてくださいますので、やはり、『聞く』という感じというんでしょうか、いろんなテンションがあるんです。
でも、今回はそういうテンションは全くありませんでした。実は、私はコンサート当日にひどい風邪をひいていたんですが、お客様に助けられた、という感じでした。会場は本当に柔らかい雰囲気で… 歌うほうもお客様も、一体となった強いエネルギーを感じました。今まで経験したことがない、すごいエネルギーでしたね」

ーそういうことを体験すると、ますます音楽が好きになりますね

「そうですね。音楽は辞められないです。辞めたいって思う時もあるんですよ(笑)。でも、それは自分に勝てない時だと思うんです。例えば、1つ上がりたいときにどうしても上がれない、どうして出来ないんだろう、ってそういう時のフラストレーションで辞めたいと思うだけなんですね、きっと。
人と人はコミュニケーションの方法として言葉を使いますが、音楽って言葉以上にコミュニケーションを取ることができる力があるんじゃないかな、って思います。言葉で伝えられないものを伝える力を、音楽は持っているんじゃないかな。浅いところでなく、心の深いところに来るコミュニケーション。説明できないところで涙がでたり、震えたり… そういうことをさせる力があります。
歌うことって人間の特権。自分の好きな歌、好きな曲は大きな声で歌ったらいいんですよ。息を吐くことによって、苦しい事、不安な事も吐き出す事ができるから。私はそう思いますよ」。

〈インタビュー/西尾 裕美〉

Biography

やなぎだ たかこ
国立音楽大学声楽科卒業、同大学院オペラ科終了。文化庁オペラ研修所第5 期生終了。関西日伊コンソルソ金賞受賞。二期会公演「ワルキューレ」ゲルヒルデ役でデビュー。
多くの舞台を踏みつつ、文化庁派遣芸術家在外研修員としてウィーン留学。
カナダ移住後も活躍を続け、西海国立公園指定50 周年記念リサイタルでは故團伊玖磨氏が作曲予定だった「九十九島 三つの歌」を完成、初演。
www.takako.ca

 
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